32.男爵領での歓迎会
まだ夜が明けていない為、上空から村を見下ろすと、月明かりで照らされた村が、ぼんやりと見えるだけで、よくわからなかった。
アテナはそのまま、村の上空を通り過ぎ、そこから少し上に位置するぼんやりとした光を目指した。
近づくと光は、淡いクリスタルが輝いた、見張り台付の門の照明だった。
「なんだか、幻想的ね。」
アテナは、雪の呟きを聞きながら、懐かしいふるさとに、空から舞い降りた。
雪はすぐに、アテナから降りる。
「変わって、いないなぁ。」
アテナは、戦士服を着た人間の姿に戻ると、目の前の光景に、思わず目を潤ませる。
「そうだな。」
いつの間にか、追いついてきたアレスがアテナの傍に来た。
「アレス、なにも振り落さなくてもい、いだろう。」
慎が服の汚れを払いながら、後ろから歩いてきた。
「それにしても、山の頂上付近だけあって、本当にここは寒いな。」
慎が思わず体を震わせた。
「確かに、そうね。」
雪も寒そうに、マントを体に巻き付けている。
「そうだな。風邪をひく前に館に入ろう。」
アテナは、領主館の門前に設置されているクリスタルに触れた。
程なく館から、白髪の執事がこちらに歩いてきた。
アテナが呆然としている。
「まさか、シロ。生きていたのか?」
アテナが思わず叫んでいた。
白髪の執事は、丁寧にお辞儀をすると、すかさず訂正した。
「私の名前は、シロイでございます。シロは四代前の祖父です。」
「そうか、そうだな。」
アテナはそう言いながらも、シロイをまじまじと見つめた。
「それにしても、本当にそっくりだな。」
「アテナ。」
雪があまりにも、シロイをしげしげと見つめるアテナに、声をかけた。
アテナはハッと我にかえる。
「ああ、すまん、雪。シロイ、屋敷に入りたいんだが?」
シロイはまた丁寧に、お辞儀をすると、アテナたちの為に、道をあけた。
「お帰りなさいませ、御主人様。こちらでございます。」
シロイに案内され、四人は広い広場から、屋敷の中に足を踏み入れた。
屋敷の中に入ったとたん、ほわっとした温かい空気に、雪と慎はホッと肩の力を抜いた。
「昔と違って、だいぶ暖房が効いているな、どうしたんだ?」
「はい、一度王国領になった時、管理を任されたアン公爵様が、領主館を大改装なさったと聞いております。」
「アンがやったのか、だが改装代はどうしたんだ。」
土地の一部を冒険者支部として、賃貸する代金にて、返済しております。
「返済期間は?」
「四百年間ですので、間もなく払い終えます。」
アテナは目を丸くして、執事の説明を聞いていた。
「アン、まったく君は、なんて!!!」
そして聞き終えた途端、笑い出した。
「アレス、もしかして、お前が継承するより、公爵家は繁栄したんじゃないのか。」
アレスは、ちょっと複雑な顔をしながらも肯定した。
「まあ、アンなら、そうだろうな。」
四人がそんな説明を聞いていたところ、領主館の門前がざわつき出した。
「シロイ様、どちらでしょうか?」
通路を従僕が慌てた様子でやってきた。
「どうしたんだ?」
「はい、村人が新領主様が来られたことを聞きつけて、お祝いに集まって来てしまって。」
アテナはその話に、うれしそうに頷くと、
「そうか、今でも新領主歓迎の宴は、変わらずあるんだな。」
「それでは、よろしいでしょうか?」
アテナは雪を見た。
雪はうれしそうに眼を輝かせているアテナを見て、頷いた。
「ああ、中に入れてくれ。」
夜もまだ明けきらないうちに、村から続々と人間が集まってきて、あっという間に、領主館前の広場に宴会の準備が整った。
「あい変わらず、すごいな。」
アレスが呆れたように、その光景を眺めている。
「そうだな。昔と変わらず、祝い事に目がないようだ。」
雪がアテナの発言に、どういうことだという顔で問いかけた。
「ここら辺は、あまり娯楽がないんだ。だから、なにか祝い事があると、それを魚に宴会がよく行われるのさ。」
「そういうものなんだ。」
雪はただ頷いた。
そんなことを話していると、シロイが雪とアテナを呼びに来た。
「申し訳ありませんが、宴会開始の儀式をお願いします。」
「儀式って、アテナ。どうすればいいの?」
雪は不安そうにアテナを見る。
「大丈夫だ。ただ渡された飲み物を、新領主が最初にイッキ飲みするだけだ。」
雪はホッと胸を撫で下ろした。
二人はシロイに先導され、村人たちの前にある舞台に上がる。
シロイがなみなみと大きな杯に注がれたものを、二人に手渡した。
二人は渡された杯を掲げると、それをイッキに飲み干した。
一斉に村人たちも杯を掲げ、全員がそれに習い、飲み干す。
宴会が始まった。
二人は舞台から降りながら、アレスと慎の方に、村人からふるまわれた飲み物を飲みながら、歩いて来る。
「それにしてもすごいな。これ。」
慎は渡された杯を飲んで、顔を顰めた。
「どうした慎?」
アレスは怪訝に思いながら、杯に口をつけた。
途端真っ青な顔になる。
「大丈夫か、アレス。」
慎が青くなったアレスを心配して、声をかけた。
「おい、慎。まさか、これは酒か?」
「はっ、そりゃ、そうだろ。普通祝い事は、酒で祝うだろ?」
慎はますます蒼褪めるアレスを見て、問い返そうと思った時、アテナと雪が近づいてきた。
「何をやっている、アレス。」
なんだかすいぶん横柄な態度のアテナが、アレスにしな垂れかかっている。
「おい、アレス。酒が足りん。もっと注げ。」
「おい、アテナ。もう止めておけ。」
アレスが酒臭いアテナを抱きかかえると、杯を取り上げようとする。
「はっ、馬鹿なことをいうな、アレス。」
アテナは隣に控えていたシロイに、空になった杯を差し出した。
すかさずシロイはアテナの杯を新しい酒で満たした。
「うむ、さすがシロイは、わかっているな。」
「ありがとう、ございます。」
シロイが丁寧に頭を下げると、アテナはグイッと、またそれを飲み干した。
「アテナ。もう止めろ。なっ、その辺で十分だろ。」
「はっ、何を言ってるんだ、アレス。私はまだ十分じゃないぞ。はぁー、それにしても、ここは熱いな、脱ぐぞ。」
アテナは何を思ったのか、自分が着ている服に手をかける。
「ウワー、アテナ。待て待て、待ったぁー。ここで脱ぐなぁ。」
アレスはアテナを抱きかかえると、慌てて広場から、屋敷に戻って行った。
慎は唖然とそんな二人を見つめていた。
「アテナさんが、酒飲むとあんなになるとは、思わなかったぁー。」
慎がそう呟いていると、誰かが肩を叩いた。
ふと見ると、雪が空の杯を持ちながら、ニコニコ顔で、慎の肩を叩いていた。
「雪、大丈夫か?」
慎がかなり酒臭い雪を心配して、声をかけた。
「しょうがないでしょ。儀式だっていうだから。」
気のせいか雪の目が据わっているように見える。
雪はすかさず、隣に控えているシロイに空の杯を差し出した。
シロイがそつない動作で、その杯を酒で満たす。
雪は満足そうに、その杯を口元に持って行くと、イッキに煽った。
「おい、いきなりイッキかよ。大丈夫なのか、雪?」
慎が心配して、雪の顔を見るが、顔色も表情も何も変わらない。
「別に大丈夫よ。慎も少しくらい飲んでみたら?」
「ああ、さっき貰ったけど。結構きついぞ、これ。」
慎は一口飲んで、そのアルコール度数の高さに、顔を顰めた。
「そう?」
雪は平気な顔で、また杯を重ねる。
どこまで強いんだこいつと、慎が思った所で、いきなり雪に、シャツごと首元を締められた。
「ねえ、慎?」
「はっ、はい。」
思わず慎は姿勢を正して、雪に向き直った。
「私。ちょっと、慎に話があるの。」
雪はそう言うと、隣に控えていたシロイに空の杯を渡すと、慎をひきずって、屋敷に向かった。




