28.領主の義務
アレスと慎が書類にサインして、部屋に戻ってくると、すぐに、アンの子孫が言い残した通り。
公爵家の執事であるセバスチャンという老人がアレスと慎を尋ねてきた。
「初めまして、公爵家執事をしております、セバスチャン四世と申します。」
老人は、背筋を正し、白いワイシャツ姿で黒い上下の執事服をかっちりと着込み、髪もきれいに撫でつけられて、主となったアレスと慎に丁寧にお辞儀をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
慎も日本人なので、同じように礼を返した。
ふと見ると、アレスは唖然と彼を見ている。
「セバスチャン?まさか、生きていたのか。」
「セバスチャン一世は、すでに他界しております。御主人様。」
セバスチャン四世は顔色も変えず、さらりと説明した。
「すまん。あまりにも似ていたので、勘違いした。」
「いえ、おきになさらず。ところで、よろしければ、そちらのご婦人方のお名前を伺っても?」
「ああ、そうだな。俺の隣にいるのが、つ・・・・・・。」
アレスが紹介するより早く、アテナがアレスを突き飛ばすように立ち上がると、名を名乗った。
「アテナだ。」
雪も慌てて立ち上がると、同じように名乗る。
「雪です。」
「公爵家執事をしております、セバスチャン四世と申します。お見知りおきを、奥様。」
「「奥様!!!」」
二人は、同時に叫んでいた。
アレスと慎は、思わず目を丸くする。
そして、アレスと慎は心の中で喝采した。
『『出来る執事だ。こいつ。』』
「ちょっ・・・ちょっと待って、セバスチャン四世さん。」
雪の声にセバスチャンは、呼び名を訂正した。
「セバス、もしくはセバスチャンと呼び捨てで、お願いします。奥様。」
「いや、だから・・。」
雪はなんと返していいかわからず、戸惑って、逆に何も言い返せなかった。
アテナが気を利かして、横から突っ込む。
「セバス、私のことは、アテナと呼んでくれ。」
「畏まりました。アテナ奥様。」
アテナは頭を抱えた。
「いや、・・・そうでは、なくだな。」
セバスチャンは、アテナを見てハッとすると、懐から巻物を出すと、それをアテナに渡した。
「これは?」
アテナは巻物を受けとって、それをまじまじと見る。
「それは、亡き先代が使えておりましたアン様から、アテナ様に宛てた手紙でございます。」
アテナは目を大きく開けた。
「アンだと。アレスの異母妹のアンのことなのか?」
「はい、お亡くなりになる前に、先代のセバスチャン一世が、お預かりしたものでございます。直接アテナ様にお渡しするように、とのことでした。」
アテナは巻物を一旦、胸に抱きしまると、意を決して、紐で封印されている巻物を解いた。
巻物が自然に広がると、そこから声が聞こえた。
”私の大好きなアテナお姉さま。愚兄が大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。そして、アテナお姉さまがお助けいただいた若い騎士と私結婚しました。冒険者稼業は、断念せざるをえませんでしたが、お陰様でたくさんの子供と孫に囲まれ、いまはとても幸せです。ですが、愚兄と関わったことで、アテナ様のご実家を絶えさせてしまったこと、どう謝っていいのやら。なにもお返しできませんが、私の未来視では四百年後、愚兄とアテナ様が復活なさると、出ていますので、その時、愚兄をこき使って、ご実家を断絶させてしまった罪を、償わせて下さいませ。本当は言いたいことが、まだまだあるのですが、この辺で止めておきますわ。お元気で、アテナお姉さま。”
巻物はそれだけ言うと、シュルンと元の形に戻った。
「そうか、アンは幸せになれたんだな。良かった。」
アテナは、ホッとした顔で巻物を見つめた。
『アテナ。』
アレスは、そんなアテナを隣から見つめていた。
「セバス。アンのお墓はどこにあるんだ?」
「はい、アテナ様と昔よく乗馬をなさいました郊外の領地にございます。」
「そうか、では天気の良い日に案内してくれ。」
「畏まりました。」
セバスチャンがそう答えた時、扉をノックする音が響いた。
セバスチャンはハッとすると、扉に近づいて、ドアを開け、中に何かの荷物を運び込む。
物凄い量の巻物だ。
「セバス様、これはどちらに?」
「そうですね。そちらの机の上にお願いします。」
「畏まりました。」
数人の侍従たちが、巻物を机の上に積み上げると、セバスチャンに礼をして去っていく。
四人はその量を唖然として見つめた。
セバスチャンは、にっこり振り向くと、笑顔のままアレスと慎を見据えた。
「アレス様、慎様。こちらの巻物のご確認とご署名をお願いします。」
「「はっ?」」
二人は思わず、聞き返していた。
「「なんだって。」」
「こちらが、公爵家の後継者が、毎日見なければならない書類でございますので、よろしくお願いします。」
「はっ、毎日だと。それにしちゃ、量が多過ぎないか?」
アレスがいきなり突っ込んだ。
「はい。今までのご当主様、どの方も、毎回毎回サボられますので、だんだん溜まって行きまして、少々量が膨らんでおります。ですが、これから毎日、執務に取り組めば、だんだんとお運びします量も少なくなりますので、ご心配なく。まずは今日一日分がこちらとなりますので、よろしくお願いします。」
セバスチャンはにっこり笑顔で慎とアレスを机に促した。
二人の顔は真っ青だ。
アテナはさりげなく、雪を外に誘った。
「雪。そう言えば、乗馬を習いたいと言っていたな。今日は天気もいいし、私が外で教えよう。」
雪はアテナの機転に感謝して、早速立ち上がった。
「本当、うれしいなぁ。じゃ、セバスさん。私たちはお邪魔になるといけないので、乗馬の訓練に行ってきます。」
「畏まりました。お気をつけて、奥様方。」
セバスチャンは雪とアテナに丁寧に礼をすると、慎とアレスを机に促した。
二人は、じりじりと机に追い立てられる。
『『おーい、雪。見捨てないでくれ。』』
二人の心の叫びは、誰にも届かなかった。
その日は、夜遅くまで、アレスと慎がいる部屋の明かりは、ずっと消えずに、灯っていた。
次の日も、また次の日も・・・・・・。
『『だれか!助けてくれー!!!』』
二人の叫び声は、誰にも届かなかった。




