9.お風呂
アテナは、雪と別れた後、城内を見て回った。
自分が生きていた頃と、造りは変わっていないようだ。
懐かしいような、物悲しいような、感傷的な気分になる。
ある程度、城内を確認した後、外に出てみた。
広場では当時と変わらず、王宮の騎士が稽古をしていた。
アテナがいつもアレスを見ていた場所に来て、考え深げに辺りを見渡す。
自分が死んだ後、アレスはどうしたのだろうか?
きっとあいつのことだがら、どこかの女と・・・。
アテナは自分の考えに、逆に落ち込んで、そこから離れると、ブラブラし始める。
見ると厩では、若い馬屋番が、慎が連れていた竜に、手を焼いているところに、出くわした。
「どうしたんだ?」
馬屋番の若い男は、心底困った顔で、アテナを見ると、
「その、何をあげても食べないんです。もう、どうしたらいいのか?」
今にも泣きそうな状態で、アテナを振り返った。
よく見ると、竜は昔、アテナが好きだったアレスと同じ黒い瞳をしていた。
「何をあげたんだ?」
「まず、馬と同じものを上げたのですが、そっぽを向かれました。なので、厨房に行って、生肉を貰ってきたのですが、これもダメで。もう、俺どうしたらいいのか。」
「そうか、なら私がこの竜を預かろう。」
「えっ、そんな無理ですよ。この大きさなんですよ。城の中になんか入りませんよ。」
馬屋番はびっくりして、首を振っている。
「大きさか。確かに、城に入れるには、これは大きすぎだな。おい、竜小さくなれるか?」
アテナの問いに、竜は小さくなってくれた。
「これなら、問題ないだろう。」
アテナはひょいと竜を胸に抱き上げると、竜は大人しく、アテナの胸に納まった。
それどころか、アテナの胸にすり寄ってくる。
「おい、お前。かわいいな。でも、くすぐったいぞ。」
アテナは竜の頭を撫でた。
「じゃ、こいつは私が預かる。」
「でも・・・。」
「大丈夫だ。慎が来たら、雪が預かっていると言えば問題ない。」
アテナはそう言うと、竜を胸に抱いて、スタスタ歩いていった。
後には、呆然と突っ立っている馬屋番の少年がいた。
アテナは、雪がいる部屋に戻ると、中に入った。
「アテナ、戻って来たの。城内はどうだった。」
「私が死ぬ前と、ほぼ変わっていなかったよ。」
雪がその言葉に、凍り付いていた。
「アテナ・・・。」
「気にするな、雪。四百年以上前だぞ、私が死んだのわ。ただ、あのイーリスには、正直びっくりしたがな。一瞬、王妃が目の前に、現れたのかと思ったぞ。」
アテナはそう言って、笑っている。
「大丈夫、アテナ?」
「ああ、大丈夫だ。それより、何か用があったんだろ。」
アテナの問いかけに、雪は先程、メリクリンから仕入れた話を聞かせた。
アテナは頷くと、目をつぶって、意識を集中する。
洞窟内に四人の気配を感じた。
アテナは目を開けると、
「大丈夫だ。しっかり生きているよ。気力もまだ十分なようだ。あの魔導士の言う通り、明日には、外に出ているだろう。外に吐き出され次第、教えよう。」
「ありがとう、アテナ。」
そこで、雪は初めて、アテナの胸に抱かれている、小さな竜に気がついた。
「アテナ、それ。」
その時、息せき切って、慎が雪の部屋に、飛び込んできた。
「雪、俺の竜が、・・・・。」
ゼイ ハァ ゼイ ハァ ゼイ ハァ
雪は飛び込んで来た慎を、呆れ顔で見ると、アテナの胸に抱かれて、大人しくしている竜を指差した。
「こんなに、小さくなれるのか?」
慎が呆れ顔で見ている。
「知らなかったの?」
慎は頷いた。
「メリクリンにさっき教えて貰ったことなら、今、アテナに見てもらったわ。結果はメリクリンが言っていた通り、明日だろうって。」
慎も雪の言葉に、ホッと肩の力を抜いた。
「そうか、よかった。」
「明日になったら、真っ先に、ここを出て、迎えに行きましょう。」
「そうだな。」
慎はアテナに抱かれている、小さな竜を見た。
「今夜は、その竜を預かるよ。なんかアテナに、懐いてるみたいだし。」
「ああ、そうだな。また預けたら、馬屋番に泣かれそうだし、頼む。」
「アテナは、かまわない?」
「ああ、大丈夫だ。」
慎はそれを聞いて、雪の部屋を後にした。
「さて、アテナ。もう夕方だし、お風呂でも入らない?」
「お風呂か、久しぶりだな。なんでも、ここのお風呂、温泉なんだって。だから、二人でゆっくりつかろうよ。」
「温泉?なんだ、それは?」
「あれ、温泉って、アテナ知らないの?」
「ああ、聞いたこともないな。」
「じゃ、とにかく行こう。入って見ればわかるよ。」
「そうだな。では入ろう。」
アテナは雪に勧められ、二人で温泉に、入ることにした。
「あれ、アテナ。竜も連れていくの?大丈夫?」
「大丈夫だろう。その温泉もある意味、水なんだろう?」
「まあ、確かに水だけど、熱い水だよ。」
「ダメだったら、湯船の外に出しておけばいいさ。よく見ると、こいつも、だいぶ汚れているからな。洗ってやろうと思っているんだ。」
「ふーん、そうなんだ。私には洗えなさそうだから、それはアテナに任せていい。」
「ああ、私がやるから問題ないさ。」
雪とアテナは、大きな浴槽がある場所をメイドに聞くと、そこに向かった。
「なんだ、この匂いわ。」
アテナが鼻をつまむ。
「これが温泉の硫黄の匂いだよ。肌がすべすべになって、体にいいんだよ。」
「ほう、そうか。なら早速、浸かろう。」
アテナはそう言うと、ポイポイと服を脱ぐと裸になって、竜を胸の抱いて、先に脱衣所を出た。
「本当に脱ぐの早いな、アテナ。」
雪もアテナに続いて、服を脱ぐと、脱衣所を出た。
外に出ると、アテナが裸で、竜を洗っていた。
なんだか竜が、抵抗しているように見える。
「なんだ、さっき言った”小さい”を気にしているのか?でも可愛いと思うがな。」
アテナはそう言うと、竜の小さな手を取って、ちまちまと石鹸のつけると洗っている。
でも竜は手の部分を聞いていなかった。
『小さい。俺のはちいさいのか。でも今は竜だし、人間になれば、いや、そうじゃない。』
竜はアテナの"小さい"発言にショックを受けて、呆けていた。
「なんかその竜、嫌がってない。」
「そうか、そんなことはあるまい。いやなら、もっと暴れるだろう。」
「まっ、確かに、そうかも。」
雪は自分も体を洗うと、湯船につかった。
アテナは、四苦八苦して、竜の体を洗った後、自分の体も洗い、雪の隣に入って来た。
「アテナ、どう?」
雪は湯船に浸かっているアテナに、感想を聞いて見た。
「そうだな。匂いは気になるが、体があたたまって、なかなかいい。」
「あれ、あの竜は?」
「なにか私の洗い方が、気に入らなかったらしくてな。あそこで、不貞腐れている。」
見ると確かに、そっぽを向いているようだ。
雪は思わず、笑ってしまった。
「さて、そろそろ体も温まったし、部屋に戻ろう、雪。」
「そうだね。」
アテナは雪より先に、ふてくされた竜を抱き上げると、脱衣所に戻っていく。
雪も少し温まった後に、温泉を出た。
脱衣所に戻ると、アテナが竜を丁寧にタオルで拭くと、自分も洋服を着こんで、いるところだった。
雪も慌てて、着がえる。
二人は着替え終わると、部屋に向かった。
雪は部屋に戻ると、置いてあった食事もそこそこに、先に寝させてもらった。
「ごめんアテナ。もう目を開けてられない。」
「気にするな。明日も早い。すぐに寝ろ、雪。」
アテナの言葉に頷くと、雪はベットに入って、寝てしまった。
アテナは棚にあったワインを見つけると、グラスを出して、飲み始めた。
竜も飲みたいのか、グラスに舌を伸ばす。
アテナはそのしぐさを笑って見ていると、ひょいっと竜を抱き上げ、グラスからワインを少し飲むと、口移しで飲ましてやる。
竜は真っ赤な顔で、ワインをごくりと飲んだ。
「お前には、強すぎたか。そう言えば、私がこのワインを飲んでいると、よくアレスに言われたんだ。このワインは甘すぎるとな。私には、ちょうど、いいんだがな。」
竜は、アテナの口に残ったワインを舐めた。
「そうか、お前にも、ちょうど良かったか。そういえば、竜よ。私の髪は、死ぬ前、金色だったんだ。あまりきれいな金色ではなったがな。それに較べて、この国の初代の王妃は、もっときれいな黄金色でな。アレスは私を気遣い、いつも私の髪を褒めてくれたんだが、それが逆に、嫌味を言われているようで、悲しくてな。今回、私が守護することになった雪の髪が黒だったんで、その色と同じにして見たんだ。もし、あの時、私の髪が黒だったら、アレスに褒められても、素直に喜べたかも知れない。」
アテナは、独り言を言いながら、窓外の月を見ながら、ワインを飲んだ。
竜がアテナの髪を舐める。
「なんだ、お前、私の髪が気に入ったのか。そう言えば、アレスは、私のこの藍色の瞳も褒めてくれたな。この色だけは、王妃の緑色と違っていてな、結構褒められると、うれしかったな。今思うと、私はアレスを愛していたから、王妃に嫉妬していたんだな。」
アテナはそう言いながら、いつの間にか、ソファーで寝ていた。
竜はアテナをせつない目で見つめると、人間に姿を変えた。
『アテナ、君が俺の事を思っていて、くれたなんて、俺は・・・。』
人間になった竜は、アテナを胸に抱くと、毛布を掛けた。
『もう、俺は絶対、お前を離さない。アテナ。』




