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~松葉菊の場合~

「薬事さん。」

「どうしましたか、絢斗さん。」

「あの子供が出来てるって言ってた女性がいたじゃないですか。」

「ええ。」

「風の噂で聞いたんですけどね?彼と上手くいって、結婚したらしいですよ。」

「良かったですねぇ。」

俺と薬事さんは今、着替え室から椅子を持って来て厨房の机の前に置いて一緒に話している。

「……夢を見たって、話していたらしいです。」

「……辛いですか?」

「いえ、そんな事は無いです。……俺の時はそんな事が起きなかったでしょう?ただそれだけです。」

あぁ、なるほどと薬事さんは頷いた。

「……もしかしたら、絢斗さんは選ばれたのかも知れませんね。」

「えっ?」

俺はその言葉に驚いて薬事さんを見れば、薬事さんは苦笑しながら俺の方を見ていた。

「……あくまで仮定なんですが、絢斗さんの甘草の花言葉に順応性があったでしょう?」

「はい。」

「私の時もそうだったんですよ。」

薬事さんは懐かしそうな顔をして、そう言った。

「えっ?最初から、ここで働いていたわけでは無いんですか?」

「高校生の時にここに来ましたからねぇ……最初からここで働いてることにはなると思いますよ?」

「へぇ……気になりますね。」

薬事さんは苦笑した。

「私の過去なんて聞いても、何にもならないですよ?」

「でも、聞いて見たいです。」

「ふふ。そうですか。……では、話しましょうか。まだまだお昼まで時間もありますし、ね。」

「はい!」

俺は薬事さんと顔を合わせて笑った。

それから、薬事さんが口を開いた。

「あれは、私が高校二年生の頃ーー」


* * *


ーーどうしてお前はそうやって、へらへらしていられるんだ!


先程友達に言われた言葉が、頭の中で何度も響く。


ーー僕はお前のように、はっきりと意見を言えないんだよ。


ぎりと悔しくて僕は歯を鳴らす。


ーー変わりたいなんて、毎日のように思っている。


毎日何かを耐えるばかり。

そんな事ばかり考えながら、家に帰っていると、目の端にオレンジ色の派手な看板が目についた。

その看板には、“Lösung”と黒色で書かれている。


ーー初めて見た。喫茶店だろうか?


僕は足を止めて、その店をまじまじと見る。


ーー入ってみようかな……。


僕は近寄ってそっとドアを開けた。

全体的に落ち着いた雰囲気に、レトロな椅子と机。

カウンターに僕は視線を向けたが、そこには人がいなかった。


ーー今日が休みのお店なのだろうか。


いや、でもそれならばここの店の鍵が空いているのはおかしいと僕は思い直し、すみませんと声を張り上げた。


ーーこんなに大きく声を出したのは、いつ以来だろうか。


そんな事を考えてしまう自分に、僕は苦笑してしまった。

「いらっしゃいませ。どこでも、好きな所に座ってくださいね。……ふふ。また高校生とは、珍しい。」

そんな声が聞こえて、僕はカウンターの方に視線を戻せば、そこにはバーテンダー服を着た初老の女性が優しそうに笑っていた。

「そう、ですか?」

「ええ、そうですよ。」

僕はカウンターの所の前……通路の方とは逆の端に座りながら聞けば、女性はそう答えた。

「さて、私の名前は未鍵です。あなたは?」

「僕は、薬事です。……どうして自己紹介なんか?」

「だって、来てくれた人の名前は覚えて置きたいじゃない。……違う?」

急に名前を聞かれとっさに答えてしまったが、それを疑問に思いそう聞くと、逆に聞き返されてしまった。

僕は、よく分からなくて首を傾げた。

「ふふ。私と同じ立場になればきっと分かるわ。」

「そんなものですか?」

「ええ、そんなものですよ。……じゃあ、この店“Lösung”のもてなしの仕方を説明するわね。」

「説明?」

またよく意味が分からなくて、僕は首を傾げる。

「この店は、他の店とはまた違うのよ。」

あぁなるほどと僕が頷けば、未鍵さんはにっこりと微笑んだ。

「ふふ。……まぁ、説明と言っても一つだけなんだけれどね。」

僕はその言葉にそうなんですかと苦笑する。

「……えっとね、普通に頼んでもらった食事プラス無料でスープを提供してるんですよ。」

「どうしてまた、スープを?」

「だって、スープって心を休ませてくれるじゃない。それと、スープの種類は私の気分よ。」

未鍵さんが、いつも一緒のスープじゃあ飽きちゃうでしょう?と笑った。

僕もそれにつられて笑う。

「ふふ。……注文はどうします?」

「そうですね……ここは初めてなので、間食用のオススメをお願いします。」

「分かりました。コーヒーは、ブラックでいい?」

「はい。」

未鍵さんがサイフォンを付けて、奥の部屋に入って行った。

きっと、奥の部屋が厨房になっているのだろう。

僕は未鍵さんと話していた時の心地よさを感じを思い出しながら、もう一度辺りを見回す。


ーー夕方の時間帯なのに人がいないな、ここ。あの人当たりの良い未鍵さんなら、この時間帯は客がたくさんいてもおかしく無いのに……。ここは、人通りが少ないからそんなものなのか?


僕は少し息をついて、カウンターに視線を戻す。


ーーん?


その時にカウンターの端に置かれた白いカップに生けられたすみれ色の花を見つけた。

「これは……松葉菊?」

僕はカップを近くに寄せ、まじまじと見て、その花の名前を呟いた。

「あら、その花の名前を知っているのね。……どうぞ、甘さ控えめの苺のショートケーキとコーヒーよ。」

「ありがとうございます。……まぁ、図鑑で見たことがあっただけなので、あっているかどうかは分からなかったんですが……。」

薬事君の記憶力ってすごいのね、何てことを未鍵さんは呟きながら、こくこくと頷く。

「そんなことないです。」

「そんなに謙遜しちゃだめよ。自信を持たなきゃ。そうだ!この松葉菊の花言葉は、知ってる?」

僕がその未鍵さんの言葉をまた否定しようとすれば、未鍵さんはそんなことを聞いてきた。

僕は少し考えてから答える。

「……知らない、ですね。」

「ふふ。松葉菊の花言葉はね。忍耐なのよ。」

「……。」

「あってるでしょう?」

僕はなんとも言えず、黙り込む。


ーー合ってるのだろうか。僕は今そんなに辛くもないし……。


そんな僕を見て、未鍵さんは苦笑する。

「気づいてないかもしれないけど……いや、気付いてたかなぁ。この店に入った時笑ってたじゃない?その時薬事君はとても痛々しそうな……自分を責めてるような顔だったんだもの。……今を耐えてるような顔でもあったかしら……?」

「そう、なんですか?」

ええと未鍵さんは、優しそうに笑いながら頷く。

「ふふ。まぁ、松葉菊は心広い愛情とも言うから、いつの間にか心の何処かで何があっても、誰だって許してるから気付いてないのかもね。……でも友達の問題について解決したとしても、薬事君は優しいから自分の悩みを相手に話そうとしないんでしょう?」

「……。」

図星を突かれてまた黙り込む僕。

「耐えてばかりじゃ何も進めないって言う人もいるけどね、耐えているからこそ出来ることもあるのよね。……今から、スープを持ってくるわね。」

ずっと優しそうに笑っていた未鍵さんは、色々と考えている僕を見て、そう声を掛け厨房に行ってしまった。


ーー僕が優しい?さっきまで、友達に怒られていた僕が?……あぁ、だからこそか。……だからこそ、怒ってくれていたのか。


僕は息をついて、残っていたコーヒーを流し込んだ。

「あら、さっきとは違ってすっきりとした顔をしてるわね。」

そこに未鍵さんが戻ってきた。

手にはコーヒーカップよりも少し大きめの白いカップを持っている。

「そうですか?」

「ふふ。……どうぞ。」

未鍵さんは、僕の問いに頷きながらカップとスプーンを僕の前に置いた。

「これは何ですか?」

「これはね、ユッケジャンスープって言うのよ?まぁ、私風にアレンジしてるけど、辛いスープよ。」

「辛いんですか。」

スプーンで食べやすいように、野菜は小さく切ってあるから、ゆっくり食べてねと未鍵さんは笑う。

僕はスプーンを手にとって、ゆっくりと一口食べる。

きっとここに来る人達が食べやすいように、和風スープを元に作ったのだろう、ほんのりとカツオ出汁の香りがしてから、唐辛子の辛味がツンとくる。

「……美味しい。」

「ふふ。ありがとう。」

それから、はいと未鍵さんが紙ナプキンの入った箱を渡して来た。

「?」

「そんなに辛かったかしら?涙が出てるわよ?」

はっとして目元を指で拭えば、指が濡れていた。

「……そうですね。辛いです。」

僕は紙ナプキンを一枚手に取りながら、未鍵さんに言う。

「ふふ。でも、美味しいんでしょう?」

僕は頷く。


ーーあぁ、心があったかいなぁ。


涙が出たのはきっと、辛かったからじゃないだろう。でも、この時は辛かったことにして、このスープを食べてしまおう。

「ふふ。……あぁ、そうだ。松葉菊って、結構たくさん花言葉があるんだけどね?もう一つ、薬事君にぴったりの花言葉があるわ。」

僕はスープを飲む手をいったん止めて、口を拭きながら未鍵さんを見た。

「それは、順応性よ。」

「順応性、ですか?それはまたどうして?」

「どこに行ったって、薬事君はその場に溶け込めるでしょう?……ここに初めて来たのに、もうここに馴染んでるし……。薬事君にぴったりよ?」

そう言ってまた、未鍵さんは優しく笑う。

「そうなのかも、知れませんね。……本当にここに来て良かった。」

「あら、それはありがとう。その言葉が私にとってはご馳走なのよ?……ほら、スープが冷えちゃうわよ?」

早く食べちゃいなさいと優しく言う未鍵さん。


ーー本当にこの人には嫌味が無いなぁ。


心の中で、僕は未鍵さんに感心しながら、またスープを飲み始めた……。


* * *


「結構、やんちゃだったんですか?薬事さんって。」

話を聞いて、思ったことを口にすれば、薬事は苦笑した。

「さぁ、どうなんでしょうね?その本人である私に聞かれてもよく分からないことです。」

そうですよねと俺は言って、苦笑する。

「……未鍵さん、ですか。会って見たいです。」

「ええ。未鍵さんも絢斗さんに会いたいと言っていました。」

「えっ!……結構お年を食ってるんじゃあ……。」

思ったことを口はっとなって俺は手で口を塞いだ。

「はっきりと言いますねぇ。……ええ、そうですね。でも、病気で面会謝絶の状態なんですよ。手紙で他愛も無い話をしていて、その時に絢斗さんの話になって、ね。」

あぁなるほどと頷けば、薬事さんは手紙書きますか?と聞いてきた。

「いいんですか?」

「ええ。未鍵さんも喜ぶと思います。」

薬事さんは笑った。

俺もそれにつられて笑う。

「じゃあ、お言葉に甘えて。……あぁ、そうだ。薬事さんも出会い方が僕と一緒だったんなら、どうやってここに働くことになったんですか。」

「続き聞きますか?」

「ええ、もちろんです!」

俺が笑えば、薬事さんは苦笑した。

「……そうですね。スープを私が飲んだ後ーー」


* * *


「ご馳走様でした。……美味しかったです。」

僕がそう言えば、未鍵さんはふわりと笑う。

「良かった。」

「そうだ……お会計って?」

ああそうねと未鍵は言ってから、少し思案顔になった。

「そうねぇ、今回は私も楽しませてもらったし、お代はいらないわ。」

「でも……。」

僕が渋れば、未鍵さんはいいのと笑った。

「でも……。」

「……そんなに言うのなら、これを持っておいて?」

そんな僕に未鍵さんは苦笑して、小さな封筒を僕に渡して来た。

「これは?」

「この店を出た後に、この封筒を開けてもらっていい?」

「いいですけど……。」

一体なんなんですかと僕は目で聞く。

「中身を見たら分かるわ。」

未鍵さんは笑う。

未鍵さんらしいなんて考えながら、僕もそれに合わせて一緒に笑った。

「……そろそろ行きます。」

「ええ。じゃあ、またね?」

「はい。」

ドアを開けて外をでると、辺りは夕焼けに染まり赤くなっていた。

「今から帰るとなると、家に着く頃には真っ暗だな。」

“Lösung”に長時間いたんだなと思い、僕は苦笑した。

明日はあいつと仲直り出来るだろうか。


ーーいや、きっと出来る。


そん思えるのも、未鍵さんのおかげだとそんなことを思いながら、僕は家に向かって歩き始める。


ーーあぁ、そうだ。


その途中に、あの小さな封筒のことを思い出し、胸ポケットからそれを取り出す。

「えっと、中身は……。普通の便箋と“歓迎状”?」


「薬事君へ


これを読んだってことは、この店……“Lösung”について覚えていてくれたのね。

まぁ、私の事を覚えてるだけの可能性もあるけれど……。


……私は長ったらしいのが嫌いだから、説明はしないわ。


えっと単刀直入に言えば、“Lösung”でバイトしない?


その気があるのなら、もう一つあった“歓迎状”を持って“Lösung”に来てね。

その時、全てを説明するわ。


未鍵真子より」


未鍵さんらしい文章に僕は笑ってしまう。


ーーほぼ脅迫みたいになってるし……。


僕は便箋を抱き締めて“Lösung”に振り返り、明日また来ますと叫んだ。


ーーええ。待ってるわ。


そんな未鍵さんの声が聞こえた気がした……。


* * *


「結構、未鍵さんって大雑把なんですね。」

俺は苦笑する。

「まぁ、そんなことをされても怒る気がしなかったのは、未鍵さんだからでしょうね。」

「そうですね。……あったかい人なんですね?」

「ええ。」

僕と薬事さんは、一緒になって笑う。

「……そろそろ、お客様が来る頃ですね。」

「そうですね。」

俺は、自分の腕時計に目をやりながら、薬事さんの言葉に同意する。

「さて、今日も頑張りますか。」

「はい!」


今日も俺と薬事さんの笑い声が、店内に響く……。

誤字、脱字、感想などあれば、コメントよろしくお願いします。


後、こんな悩みで書いて欲しいとか、この花言葉で書いて欲しいとかあれば、コメントくれると嬉しいです。

どこまでやれるか分かりませんが、出来るだけ反映していこうと思っていますので。

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