第一話『旅と相方』
宣言しておりました念願の異世界ファンタジーです。タイトルに銃と入ってますが、もう一つの投稿作品とは異なり、現代物でもなければ銃器が乱立するわけでもありません。
ちなみに、転生・異世界召喚ものでもありません。書けたらいいかなとも思うのですが、なかなか書けないみたいで…;
あの晩―――これまで私の見てきた世界は、音を立てて弾け飛んだ。
雪に閉ざされた森の中、木々の隙間から射し込んだ月明かりに照らされ、彼の目は異様に青白く光って見えた。彼がもはや人でなくなったような、言いようのない絶望が私の胸いっぱいに湧き起ったのは、彼の顔が陶器のように白く透き通って見えたから、というだけではないだろう。
思わず隠れていた茂みから一歩踏み出してしまったのは、きっとそのせいだ。
しまった、と思うよりも早く、ズブリとくぐもった音を立てて足が雪にハマった。
――その音に、彼はすっと、何の躊躇も焦りも感じさせない自然な速さで振り向いた。まるで市場で買い物中に声を掛けられたような、そんな何気ない所作だった。
あの時、彼は私をどう見たのだろう?
彼にとって私は、ただの不運な目撃者に過ぎなかったのか?
その静かすぎる澄んだ瞳の奥で、彼は何を思っていたのだろう?
振り返ったそのままの姿勢で雪の中に立っている彼の背後――森への入り口に打ち捨てられた社の残骸と今しがた彼の手で割られたばかりのご神体。
彼が行方不明になってから三年目。皆が死んだものだと諦めた頃になって急に戻ってきた彼の、フラリと帰ってきたその目的が、まさか村に伝わる社の破壊だったなんて。
おもむろに、彼は肩に提げた猟銃を手に取り、その銃口を私に向けた。
殺される。そう思った時に、私が覚えた感情は―――意外なことに、恐怖とはまるで違った感情だった。
慣れ親しんだ森の気配が急に色あせ、静寂が急に遠くなる。
ああ、と心の中で私は嘆息した。
これほどまでに感情の死んだ彼の表情を、かつて見たことがあっただろうか?
彼とは小さい頃から10年以上一緒に過ごした仲だ。私は誰よりも彼の色々なエピソードを知っている。お母さんと喧嘩して家出したこともあった。師と仰いでいた猟師のおじいさんがなくなって、悲しみに打ちひしがれた日もあった。そんな時に彼の浮かべる表情はもっと情緒豊かなものだった。
一体、行方不明だった三年の間に、彼の身に何が起きたのだろう?
それとも、小さい頃から私が見てきた彼の姿は、幻だったのだろうか?
この問いに、私はまだ答えを出せていない。彼に会って直接問いただすまでは、いくら考えても同じことだろう。それは嫌と言うほど分かっている。それなのに、私はどうしても考えずにはいられなかった。
彼にとって、私は一体なんだったのだろうか、と――。
◆◆◆◆◆
顔を照らす眩しい朝日に、コリーン•ブライアは薄く目を覚ました。
青く晴れ渡った明るい青空に薄い雲が幾つか浮かび、頭上の木立が風に柔らかく揺れている。どこからか小鳥のさえずりが聞こえ、心地良い風が森独特の香りを伴って私の頬を撫でていった。まだ低い太陽の木漏れ日が、森の葉擦れの音が、起きがけで微睡みの抜けきっていない私の脳裏に、懐かしい故郷の記憶を呼び起こした。
心地よい一時だ―――と再び微睡みのふちに落ちかけた所で、私は我に返った。
「ってこれ、今何時っ!?」
体をくるんでいた硬い毛布を跳ね除け、慌てて飛び起きる。
「うわ………またやられた」
森の中を通る一本の街道。丁度峠の頂上にあたるその道の傍に私は一人寝ていた。人里離れた街道には人影一つ見当たらない。偶然通りかかった通行人はもとより、昨日一緒にここまで歩いてきた旅の同行者の姿すら見当たらない。
道の真ん中にうっすらと残っているのは、夜露で柔らかくなった地面に刻まれた、真新しい足跡くらいだ。隣の峠の頂上までずっと見渡せる街道に足跡の主の姿はない。
昨日の焚き火の跡もすっかり片付けられ、黒く焼けた地面だけが残されていている。
「に………荷物は」
嫌な予感を感じて開いた私のバックパックの中には、案の定外套とパン一切れしか残ってはいなかった。
「あ――……」
脱力すること三秒、頭を抱えて自分の迂闊さを呪うが、こうなってしまってはどうしようもない。後の祭りだ。
ここから次の街まで、距離はそう遠くないはず。幸い―――と言うべきなのかはともかく、一応武器は残っているし、急げば荷物を持ち逃げしたバカに追いつけるかもしれない。
そう判断するや否や、唯一残された硬いパンをやけ気味に口にねじ込み、ぼさぼさでごわごわの長い髪を乱暴にかき集めて紐で結うと――私はバックパックをひっつかんで誰も居ない街道をかけ出したのだった。
◆◆◆◆◆
「あら早かったじゃないの」
街道を疾走すること三時間。結局街道上で追いつくことができなかった私は、真っ昼間の酒場でワインを手に席に座っていたその馬鹿に詰め寄り、問答無用でその胸ぐらを掴み上げた。
その直後にそいつの口から飛び出したのが、そんな呑気な一言だった。
「早かったじゃないわよっ!? どんだけ苦労してここまで来たと思ってるのっ! ゲホッ」
無駄に良質なそいつのローブを、力一杯掴み上げる。朝慌てて出てきた上にここまでノンストップで走ってきたおかげで、髪はボサボサの喉はカラカラ、全身汗だくになり、肌着が濡れて気持ちが悪い。一刻も早く宿に入って体を拭きたいのを我慢して、こいつを探しまわったのだ。多少こいつの扱いが雑になっても、それら全てを見ていただろう神様ならきっと大目に見てくれるだろう。
「貴女大丈夫なの? ほら、お水。飲むといいわ」
「ああ、ありがと」
差し出された水袋を受け取り、のどの渇きに押されて遠慮無く口を付ける。カラカラの喉に流れこむ水がとっても美味しい。水袋の水を全て飲み干しそうな勢いだったが、それはこの水をくれた旅の同行者に申し訳が―――。
「ってか、これもみんなアンタのせいでしょうがっ!?」
考えてみたら”遠慮なく”も何もない。いつも奇特なこの旅の道連れが朝っぱらからこんな洒落にならない冗談をかまさなければ、三時間ぶっ通しで走る必要もなかったのだ。
「それが水を分けてもらった同行者への態度?」
「さも親切で分けてあげたみたいに言わないでくれるっ!? これくらい正当な補償よっ!」
いつの間にか私の手の中から抜け出し、椅子に座ってローブのシワを正していたそいつの言い草に、私はそのまんま思ったことを言い返す。
「朝からテンションが高いのね。私にはとても真似できないわ」
「それは一体だれのせいだっ!?」
彼女の白々しい質問に私はたまらずそうツッコむ。一瞬、そいつの胸倉をもう一度掴みあげてやろうかと思ったが――すでにこの言い争いで昼食に賑わう店内の目線を多く集めてしまっている。流石にそれは感じが悪いと今更顔を覗かせた羞恥心がその衝動を制した。もう少し落ち着いて、声のトーンも落とし気味にしないと……。これからしばらく滞在する予定のこの街で、最初っからあまり変な注目を集めたくはない。
しかし、そんなひと時の冷静さは、次に発せられたそいつの言い草に、瞬時に頭の片隅に追い込められた。
「そんなの知るわけないじゃない。大方、行方をくらました愛しの彼の夢でも見たのでしょう?」
「その内容でテンションなんか上がるかっ! 恋する乙女か私はっ!!」
図らずも夢の内容は間違っていなかった事が、余計に私の頭に血を昇らせる。あまつさえ、そいつの次いでそいつの口から飛び出した言葉が「恋はともかく、乙女であることは断言できるわ」などと言う、デリカシーのかけらもない言葉だったのだから、私の理性は完全に吹っ飛んでしまっていた。
「しんくていいっ!」
店中どころか表にまで聞こえる様な大声で、私はそう叫んでいた。
「ったく……」
私の勢い任せの赤っ恥から程なく。何とか落ち着きを取り戻した私は、波の様に迫りくる恥ずかしさを何とか乗り越えて、そいつの向かいに椅子を引いてきた。
旅をするようになってから、そう言った恥にはある程度耐性が出てきた。それでもこいつと一緒に旅をしてると、許容能力を超える恥をかきっぱなしな気もするけど……ホント、体力を無駄に消耗させられる事ばっかりだ。何が悲しくて真っ昼間から公衆の面前で、こんなに恥さらしてまでテンション高く喚かなきゃいけないのよ。
「すいませーん。お水と、何か朝食になるものいただけますー?」
打ち寄せてくる恥ずかしさを誤魔化すように、私はお店のカウンターで私達を苦笑気味に眺めていたご主人にそう声を掛けた。
「はい、ただいま」
ご主人は、仕込んでいる途中だったらしい食材をその場において、水差しとカップを用意して持ってきてくれた。
「ハイよ。お疲れのようだから塩とレモンはサービスだ。軽食は今から作るから、ちょっと待ってくれ」
「あ、お気遣いどうも」
やっぱり私達のやりとりは、まるっと聞こえていたようだ。そこはもう気にしない。この頃はもう、気にすべき恥とそうでない恥が明確に分かれてきている。
「ハイ。まいど」
スリの囮用の硬貨袋から水の代金を支払うと、マスターは一つ微笑んで帰っていった。とっても雰囲気のいいお店みたいだ。特に店主の気遣いが素晴らしい。常連になっちゃおうかな?
「それで―――」
私が朝食を終えた頃、口を湿すようにワインをちびっと一口だけ口に含んだ彼女が、口元をハンカチで拭ってから私の方を静かに見た。
「そんなに急いでどうしたの?」
「いや……ここに来てまだそういうこと言うのかアンタは」
そのとぼけた顔にデコピンの一つでも入れてやりたい。
「いいから私の荷物返せ。まさかここの勘定まで私のお財布から払ったんじゃないでしょうね?」
テーブルに置かれている樽ジョッキの大きさから見て、それなりに高く付いたはずだ。もし私の財布から出ているのなら、残りは全部私が貰う。
「まったく……私がそんなことする訳ないじゃないの」
彼女は、心外だとでもいうように少しむくれてみせる。
いやごめん……熟睡してる旅の同行者を荷物だけ持って置き去りにするようなヤツを、一体どうやって信用しろと?
「どうしてこの私が雀の涙ほどの金額をあなたの財布から出さなきゃいけないのかしら。そう思われているだけで心外だわ」
「雀の涙ほどしか持ち合わせがなくて悪ぅございましたね」
そういう点に限って言えば、信用できると言えなくもないのか………もちろん褒めてはいない。
それにしても、見た感じ一般労働者の一日分の給与くらいしそうなワインを雀の涙程度というなんて――どっか良い家の令嬢かあんたは。まあ、金持ちには違いないけどさ。
「まあ………それならいいけどね」
念のため受け取った財布の重さで中身が減ってないか確認する。その様子を目聡く見ていた彼女が不愉快そうに眉根を寄せた。
「よっぽど信用されてないのね、私。改めて知るとショックだわ」
分かってるなら信用されるよう振る舞え。心底そう言ってやりたかった。
◆◆◆◆◆
正午を回り、早い内に本日の宿を確保した私達は旅の疲れを癒やすために部屋に入っていた。
「いやー、ホントシャワーなんて久しぶり。シャワーってホント文明の利器よね〜」
もう人間が文化的に生きるための三大基礎、衣食住に並ぶレベル。衣食住・加えてシャワー。そんな感じ。
ちょっと高めの宿を選んだおかげで、実に一ヶ月ぶりにシャワーを浴びる贅沢を味わった私は、そんなどうでもいい事をご機嫌で思いながら部屋に戻ってきた。
2つあるベッドの奥の方を見ると、件の旅の道連れが部屋を出た時とまったく変わらない体勢で横たわっている。
「あんたもシャワーくらい浴びたら? ちょっとはさっぱりするかもよ?」
念の為、そう声をかけてみる。寝ているかもしれないけど……多分今は、彼女も寝られるような状態じゃないだろう。
「私はいいから、寝かせてちょうだい……」
私より先に街にやってきたこの相方――名前をオリヴィアというのだが――お酒が大好きな割に酒に弱く、酒場で頼んだ一杯の樽ジョッキだけで頭痛を起こして臥せってしまった。
そんなになってまでお酒を呑みたいというのは、普段からあまりお酒を飲まない質の私には、ちょっとよくわからない。
「ハイハイ。どうせ明日も寝たきりだろうし、ギルドへは私が行っとくわ」
傭兵組合。もともと傭兵や私兵の無節操な野盗化を防ぐために作られた王立,または国立の監督機関で、国の庇護のもとで登録管理された傭兵たちに仕事を紹介し、それ以外の私兵を取り締まる役割を担っている。私とオリヴィアはその中でも、街々を渡り歩きながらその場所ごとに現地のギルドに登録し、紹介された依頼をこなして旅費を稼ぐ放浪者と呼ばれる傭兵だ。
「髪乾いたらすぐ行ってくるつもりだけど、なにかついでに買ってきて欲しいものある?」
オリヴィアは答えるのも億劫らしく、向こうを向いたまま手だけを横に振った。
「水は枕元に置いてあるから。……それと、吐くときはちゃんとバケツに吐いてよ?」
それだけ言い残し、億劫そうに手を振る彼女を置いて、私は部屋を後にした。
異世界ファンタジー物『銃と魔法とポインター』の第一話を投稿いたしました。久しぶりのファンタジー作品執筆で、調子が良くなかったらどうしようかと思いましたが、一応持てる力(?)は出せた気がします。
若干初投稿作品の登場人物とキャラが被ってる気がしますが…元々ストックが少ないので(^^;)