決まり事
「さ、籠と荷物はここで預かってくれるから出かけようか」
降り立った先を三百六十度眺めようとぐるりとまわり、背後にいて気が付かなかったけどそこにいた可愛らしい少年と目が合った。
「……ひぃっ」
「……え?」
けれどその瞬間、その子は悲鳴を上げ走り出した……と思ったら進行方向にあった小屋の扉が開き母親と思しき女性も顔を出し、その背後から何やら一見首輪のようにも見える帯状のものを持った熊のような大男まで登場。
「……オッサン、どうなってんの?」
と、私の手を握り早くも歩き出そうとしていたオッサンへ声をかければ
「うぅん、蜜月じゃなくて新婚だっけ?その時期の竜は基本的に伴侶に自分以外の生き物が近づくことを嫌っていて、自分の許可なく話しかけたり触れられたりすると怒っちゃうからね。……まぁ、例え拝まれたとしても許可を出す可能性なんて万に一つも無いんだけどね」
「え?なんか言った?最後の方聞えなかったんだけど」
「ううん、何も言ってないよ」
オッサンは三十になった顎の肉をさらに押し潰し、にっこりとほほ笑んだ。
……まぁ、いいか。最初からどろどろに甘やかすとか言ってたし……
「……まぁ確かに、街中で竜に暴れられても良い迷惑だしね」
「そうそう」
一応納得したと言うことで、そのぷにぷにした手を繋ぎ直し歩き出そうとしたところで今度は背後から声が聞こえた。
「氷竜様、奥方様とお話し中のところ申し訳ないのですが……」
ん?
「……マジュは少し待っててね」
私だって、少しくらい人間と話してみたいなぁと思い軽い気持ちで振り向きかけた。けど、私が口を開く前にオッサンに遮られ……背後へ追いやられた。
「……何か用ですか?」
仕方なく黙って様子を窺えば、聞こえてきたのは初めて聞くオッサンの冷たい声で。
「申し訳ございませんが、我が国では竜族の方とその伴侶方には一目見てそうと分かるようこの腕輪を付けていただく決まりとなっておりまして」
あ、首輪じゃなくて腕輪なんだ?
「僕の伴侶にそんなものを付けろと?」
オッサン機嫌悪いな。腕輪くらい別にいいじゃん。
「国の決まりですので。もし、この腕輪を断られた場合は入国をお断りしております」
熊のような大男は、オッサンの冷たい態度にもめげることなく、たんたんと説明を続けてくれてる。
「そんな決まり三十年前にこの国へ寄った時はなかったと思うけど?」
「……二十五年前に、火竜様方が入国された際に伴侶様が迷子になられまして。十件の民家と一件の教会と三件の宿が焼失されました。そののち、国王陛下と国民の総意に基づき制定されました」
げっ、迷子になったのは伴侶のせいじゃないの?!なんで周囲の民家とか燃えちゃってんのよ!?火竜って、伴侶がいるなら会って見たい気もするけど……いやいや私よ!早まってはいけないだろう!?
「火竜……あの雌かぁ」
「……」
「同族が迷惑かけたなら、抗議やお断りして更なるご迷惑をおかけするわけにもいかないねぇ」
なんて、相変わらず冷たい声音でのんびりと告げるものだから、オッサンの空気はさらに怖く感じる。本当は奥さんとしてその空気はもう少しどうにか出来ないのかと注意した方が良いのだろうけど……今ので話し合いは終了しそうな空気なので黙っておこう。