旅行計画
「何もしなくて良いよ」
……ぽっちゃり系のオッサン、もとい私の夫ビエネトールがそう言ったので本当に何もせずに我が家である洞窟内の藁の上で寝そべり過ごすこと早数日。
「……ねぇ、毎食これなの?」
ビエネトールは外にある天然水百パーセント配合の氷を食べているらしいから良いけど、私の食事はオッサンの持ってくる肉のみ。それも骨付きで新鮮な血の滴る野性味溢れるサバイバル料理で、料理法はただ焼くだけ。
まぁ、自分で何もしていない以上文句も言えないかと黙ってはいたけどもう限界。一生この骨付き肉だけを口にして生きるくらいなら少しくらい動きますよ。
「え?僕の知り合いはこれを出すととっても喜んでくれるんだけど……」
どんだけ肉食系な人間でしょうかね?って言うかこんな山奥に遊びに来るような人間他にもいたのか?!
「たまには他の物も食べたい。それとその人間の知り合いにも会いたい。って言うか一生ここで生活するの?」
やっぱりどんなファンタジーな山でも麓まで下りれば村とかあるでしょう?
「人間の食べ物かぁ……あの子は今どこにいるか分からないし」
……その柔らかな三十顎に拳を当てて考え込んでいるビエネトールをドキドキと期待に胸を弾ませて見守る私。
「麓の村は前に一度雪崩を起こして全壊させちゃったから、後数百年は顔を出せないしなぁ」
……うん、聞かなかったことにしよう。折角ファンタジーな世界で楽に生きると決めたんだし、オッサンが私と会う前に何してようが関係ないよね?!
「じゃあ、色々と聞きたいこともあるし……人間と結婚した同族に会いに行こうか?」
おぉ!まともそうな相手が見つかったらしい。良かった良かった!!
「うん!それが良いと思う!それで?相手はどんな竜なわけ?」
寝そべっていた藁のベットから起き上がり、期待に目を輝かせてオッサンへと詰め寄ると
「一応人間の姿で彼らの集落に溶け込んで生活しているみたいなんだけど、そういえばもうここ三十年くらい連絡も取っていないなぁ……」
……え?
「三十年……それ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
三十年って、長すぎでしょ?!相手が人間で三十年も経ってたら生まれて恋愛して結婚して子供産んで子育て真っ只中じゃ……引っ越しとか、してないでしょうね?
「うぅん、多分」
「多分って、怪しすぎるんですけど」
はぁ、とため息を吐きながらオッサンの大きなお腹に倒れ込む私。期待した分なんか疲れた……。
「でもまぁ、あそこは都会だし……会えなくても色々観光するのも良いんじゃないかなぁ?」
「はっ!」
その観光、の言葉を聞いて思い出した。
「私達って、新婚だよね?」
柔らかなお腹に伏せていた顔を上げ、オッサンへ問いかけた。
「うぅん?人間ではどう言うか知らないけど、僕等の表現では蜜月と呼ばれているよ」
オッサンは一生懸命顎についた三十肉を押し潰し視線を下げて私を見ようとしているけど、どうにも上手くいかないみたい。微笑ましくていつまでも見ていたいけど、それじゃあ話が進まないし!ええと、人間では新婚で竜では蜜月で……って
「そうじゃなくて、呼び方なんてどっちでも良いけど!とにかく!私たちは結婚したばっかりってことが重要なの!!」
つい興奮のあまりオッサンの腹に手を着いて身を乗り出してしまったけど、今更そんなことどうでも良い!!
「……結婚したばっかりだと、何か問題があるのかい?」
そんな私戸惑ったように見つめるオッサンへ叫んだ!!
「結婚したばかり夫婦は旅行へ行くものなの!!観光じゃなくて新婚旅行!!」
ちょっとばかし大きな声で叫び過ぎたか……洞窟内に私の声が反射してやまびこ状態だ。
「……し、しんこんりょこう?」
「そう!!私のいた場所では、結婚したばかりの夫婦は新婚旅行を経て愛を育むものなの!!」
最終的には拳を握ってオッサンへ新婚旅行がいかに楽しく幸せで初々しい夫婦にとって大事かを説いていた私は、ふと黙ってその話を聞いていた夫の顔へ視線を落とす。
「「……」」
……またしてもオッサンは甘い視線で私を見つめていて、今の話しのどこにそんな要素が?
「じゃあ、その新婚旅行って言うのに出かけようか」
「え?本気で?」
「うん」
そんなに呆気なく決めちゃっていいの?!と私は握っていた拳を解き、オッサンの頬肉へと両手を添えてもう一度聞きなおしてみた
「真面目に言ってる?お金もなさそうなくせに」
「お金は持ってるよ?もう何百年も生きているし。まぁ、さすがにここには置いていないけどね。それに、その新婚旅行へ行くことでマジュネッタともっと仲良くなれるならとっても嬉しいし、君が夫婦の愛を深めたいと思ってくれているなんて……僕は今この世界に生きるどの竜よりも幸せだよ」
うぅん、まぁ……なんかちょっと違うけど、まぁ大体は合ってるから良いよね?旅行に連れて行ってくれるって言うんだし!!