妻二人
あれから、すこし時間が流れて私は一人部屋のなかに残された。
「つまり、この部屋って結局……」
夫婦になった竜は、それが雄だろうと雌だろうと関係なく相手の為に部屋を作る。
それは、竜と呼ばれ恐れられる自分たちを、その持ちうる力の全てを、一番理解しているは他ならぬ自分たちだから…… 。
恐怖される力が、賢者と唱われる賢さが、そして、時には己の子にすら向かう煮えたぎるような嫉妬が、最愛の者へ傷を付けぬように。
「じゃあ、竜を一番怖がってるのは、結局のところ竜たち本人ってことか」
愛されんのも、大変なんだなぁ。
なぁんて、今の私は他人事にも出来ない。
「おっさんも、……本当は怖いのかな」
自分が怖いなんて、信じられない心境だなしかし。
でも、それでも、竜は愛することを止められない。
何年も何十年も何百年も何千年も、心の奥が悲鳴を上げて求め続ける愛する者を、一時だって、忘れる去ることは出来ない。
「まさに、狂愛……」
お姉さんに聞いた話は、何だか怖くて、少し悲しい噺だった。
窓がなく、扉も一つ。それも、この建物自体が基本的に扉無しの開放的な作りなことを考えると異質で、息苦しく感じてしまう。
でもお姉さんが言うには、この部屋は持ち主であるお姉さんの居心地が良いように作られているから問題は全くないとか。
「好きなのに、わざわざ自分から引き離して、それでやっと、お互いに安心できるなんて……」
竜って、なんて寂しくて、悲しい生き物なんだろう。
強い力も、頼りにされる知力も、深すぎる愛情も、なんの意味もないじゃん。
「お待たせいたしました。お腹がお空きでしょう?」
閉鎖された空間で、ぐるぐる ぐるぐる 考えていたら、突然お姉さんが大量の食料が乗ったカートを押しながら現れた。
「それ、全部食べるんですか?」
「貴方の好き嫌いを存じ上げませんでしたので、取り合えずは有るものを。と思いまして」
それにしたって凄い量だな。
カチャカチャと小さな音をたてながら丸テーブルに並べられていく料理たちを、ぼんやり眺める私……いやいや、手伝うべきだろ!と思いつつ、もし間違えて食器割ったら不味いしなと思い、結局留まることに決めた。
「さて、どうぞお座り下さいませ。マジュさま」
促されたので着席。
それから、お姉さんも座り。私たちは向かい合った。
「では、後れ馳せながら名乗らせて頂きます」
え、食べないの?
クリーム色の艶髪を背中に流し、お姉さんは胸を張り微笑んだ。
「私は土竜が妻、ソーニャと申します。真名は互いに申せませんが、気軽にお呼びくださいませね。互いの寿命を考えれば長きお付き合いと相成ることでしょうし、是非良きお友だちになれればと願っております」
……土竜の奥さんなの?真面目に?
……えっと、私も挨拶した方が良いかな?