氷竜的独白
ひゅるり ひゅるり と竜体へ吹く風に瞳を細め、首にかかる白蔓の籠を見下ろす。
「……(マジュ、……怒っているかい?)」
中で眠り続ける彼女へ、返事などあるはずもないと言うのに気が付けば問うている自分がいた。
「……マジュ、マジュネッタ」
まるで夢見るように恋に落ちた僕を、君は笑うだろうか?
けれどきっと、君も僕と同じ立場なら、きっと恋していただろうね。
まるで呼吸するように、君の世界に引き寄せられた僕を、君は笑うかな?
君が来る前までは、僕はきっとずうっと、ずぅぅっと独りきり……そう、思っていたよ。
古い話だけど、父は鍛冶屋を営むドワーフで、母は二千と数歳の美しい水竜だった。
父の鍛冶屋としての腕前は、王家に抱えられるほどではなかったけど、それでも冒険者たちには信頼されていたんだ。本当だよ?見た目は無骨だし、寡黙で厳しくて幼竜の頃は怖かったけど……でも、母と僕を心底愛してくれていたと思う。
母は美味しい水を求めて様々な土地を飛び回る自由奔放な水竜だった。まぁ、父に恋をしてからは少し腰を落ち着けて、何度も何度も猛アタックをしては断られ、その内に既成事実を作って籍を入れて、……あぁ、それでも、美味しい水の話を聞くとどこへでも、仕事漬けな父を半ば無理やり休ませ、背に乗せては旅行していたかな?
「僕もいつか、自分の愛する伴侶と同じように自由に空を旅したいと思っていたけれど……これは叶ったことになるのかな?」
父と母は愛し合っていて、同じ家で暮らし、同じベットで寝起きしていたけれど。僕は氷竜で、雪や氷の無い土地では暮らせないし、何より体温も他の生き物からしたら驚くほど低いから、同じ寝床で寝られるはずもないと初めて知ったときは、伴侶との幸せな生活を夢見ていたせいで愕然としたし、とても落ち込んだ。
そんな僕を一番心配していたのは……父だった。父は雪も氷も無い町に住んで居たせいか、幼竜の頃から夏になると必ず体調を崩していた僕を心配して、わざわざ店を閉めて涼しい地方へ連れて行ってくれたり。あぁ、忙しい時は魔法使いから高価な氷を買ってくれて、大きな樽に水と氷を豪快に流しいれて、そこに僕をぽいっといれてぷかぷかと浮かべて、日当たりの悪い店の奥にどんっ!と置いて、自由な母が美味しい水探しでいない間も難しい顔をしながら子守をしてくれていた。
大好きだった。一緒に居たかった。もっと、話をしておけば良かった。
けれど、その感情に気が付く前に……父は二百年前、病であっさり死んでしまった。そして母も、父を追うように、満足そうな顔で……僕を置いて逝ってしまった。
「……(マジュ、きっと君も後悔する時がくるだろうね。竜は驚くほど愛情深いから……)」
きっと今思えば、父はそれを心配していたんだろう。亡くなる前、母を頼むと僕へ言い残したけれど、そんなことは最初から無理な頼みだった。
まぁ、これは、竜にしか分からない感情だから無理もないけどね。
ドワーフの父にも、人間のマジュにも、例え死んでも理解できる時は絶対にこない。
……竜は生まれ出でたその瞬間から愛しいモノを探している。何年も、何十年も、何百年も、何千年も……そして見つけて、恋して、愛して、ずっと、ずぅぅっと傍に。特に雄なんて、自分の子供にも嫉妬するんだから、大した愛情だろう?それくらい、好きで好きで好きで、愛おしくて離れたくなくて、離したくなくて、いっそ、一つに溶けあってしまいたいくらい。
色も、匂いも、音も、全部全部、君がいるから……君がいなきゃ、なにも。
そう、何も、感じられない。
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