嫉妬と眠り
「え…ちょっと、おっさ」
気が付けば、私は小さな高級服店の小さな試着室で、突然目の前に現れたぽっちゃりぽたぽたした頬肉と…つぶらな深い深い藍の瞳に射止められ
「…人間は出て行ったよ。ねぇ…マジュネッタは、分かってないね。竜にとって、パートナーがどれほど大切な存在なのかを」
肩を掴まれて
「…ビ、エネ?」
何に怒っているんだろう?と言うか、この町についてからのことでなら、怒る権利は私にしかないと思うんだけど?
「マジュネッタ、竜はね、生まれ出でたその瞬間から伴侶を求めているんだよ。生まれ出でて数年で見つかるものもいれば、何百年何千年と探しても待っても見つけられない竜もいるんだ。そもそも、僕等は絶対数が少ないからね、相手が同族とは限らないし」
…なにが良いたいの?
「僕も、何年も、何十年も、何百年も待って、やっと、千数百年が過ぎて君を見つけた。人は、竜にとっての千年何て一瞬だと勝手なことを言うけど、僕等にだって、感情はある。欲しいものが手に入らない、大切な者が見つからないことへの焦り、悲しみ、切望が、長い間僕等の身体を支配する。分かるかい?僕は君に逢いたくて、会いたくて、あいたくて、苦しかった。そしてやっと、その瞳に自分の姿が映った瞬間の喜びが…」
でも…
「でも最初は、私が伴侶だとか言ってなかったでしょ?ただの遭難者扱いだったじゃん」
「君ら人間は、一目で伴侶を見分けることが出来るのかい?」
…それって、屁理屈じゃね?
「兎に角、この店の店主は雄だから早く出よう。服はもう適当に包ませるよ」
私の意見はどうなる!?大体、店主さんは人間なんだからせめて男って言ってあげれば良いのに。
「もう、ビエネがここに連れて来た癖に、なんで勝手に怒ってんの?」
ほんと、勝手なオッサンだよ。ただ、今も掴まれたままの肩は全く痛くないから、怒ってても手加減はしてくれてるんだろうけどさぁ…それにしたって勝手に連れて来ておいて、採寸とか試着するのに部屋から出てって言っただけでしょ?なのに怒るって、
「…マジュは」
ん?
「マジュネッタは元人間だから、人がいかに愚かで、醜くて、恐ろしいかを知らない」
そう吐き捨てたビエネの瞳は、藍色とは程遠い…ほの暗い色をしていて。
…さすがに私でも、こうなると人間がどうのと言われて逆切れするよりも何よりも、この部屋の空気、と言うかビエネトールの様子の変化に戸惑う。
「…ねぇ、ビエネ?とりあえず店を出よう?」
外の空気を吸った方が良いんじゃないか?なんて考えて、すでに脳味噌では入国時最初に聞いた怒り狂った赤竜の火事事件の氷竜バージョンが再生されていて…
「マジュ、僕の伴侶、マジュネッタ…」
ついに、オッサンは遠い目をしながらブツブツと私の名を繰り返し
「ビエネ!」
私は焦って掴まれた肩もなんのそのの勢いで両手を伸ばし、目の前で揺れて存在感有りまくりなぽっちゃりポコンと突き出た腹を全力で押すけど、反応はない。
このままじゃやばい人ならぬ、ヤバい竜認定されて討伐決定とか…駄目だ!それは駄目、絶対!!
「人だからじゃない」
「え?」
遠い所を見つめたまま、ビエネトールは続けた。
「…相手が人だからじゃない。君に触れる相手が、人じゃなく、草木でも、言葉を知らぬ生物でも、仲間の竜でも、何者でも、僕は…」
…とんっと掴まれていた肩を押され、背中が壁に触れた瞬間
「…っぁ?!」
その時、首筋に感じたのは…柔らかな唇から伝う一瞬の甘い痛みと、私の意識を深い眠りへと誘う酷い疲労感で。
「マジュネッタ、ごめんね。すぐに国を発って最速で飛んで、目覚めたら目的地の暖かいベットの上だから」
酷い睡魔と争いながらも微かに耳に届いた囁くようなその言葉に、はぁ?!って言うかオッサンよ、今私に何をした?!ゴメンとか本気で謝る気あんのか?!しかも目覚めたらってどういう… あぁ、もう駄目だ。くそっ!めが、さめたら…おぼえと、け?