試着室の攻防
「…ねぇ、ちょっと」
「ん?どうかしたのかい?」
…いやいや、どうかしたのかい?じゃねぇし!!
「だから、ここから出て!」
「…え?」
「いや、だぁかぁらぁ、この小部屋から出て行けって言ってるの!」
…小さな小部屋で見つめあう私とオッサン。
「…え?」
まるっこい全身をかわゆくアピールしつつ、小首を傾げるビエネ…
「…はぁぁ」
可愛いけど!可愛いけどさ!?竜のくせに、耳が遠い振りが通用すると思うなよっ!?ギリギリと歯ぎしりしながら半目でオッサンを睨み、私は折れないからなっ?!と眼力で訴えるものの…
「マジュ、こんな小部屋に君を一人で置いて行くわけには行かないよ」
オッサンはそのぽっちゃりしたまあるい身体を小部屋から移動させるつもりなんて微塵もなさそうに、口を開くたびにぷるぷる顎肉を揺らして、私の心を揺さぶる。
…あぁもうっ!!だから古着屋で適当に買えば良いって言ったのに、ビエネがわざわざ高級っぽい洋服店に入るからこんな試着とか採寸とか面倒なことになったのに!
「あのね、一人じゃなくてちゃんとお店の人がいるでしょう?丈を直してくれるんだから、少しくらいの間部屋の外で待っててよ」
この高級店には入るなり、これぞジェントルマン!みたいなパリッとしたスーツを着こなす店主さんが出迎えてくれたんだけど、どうやらギルドから事前に連絡が入っていたらしくて他にはお客さんが一人もいなかった。その上、この店主さんが以前は冒険者だったらしく…新婚の竜の雄、つまりはビエネがいかに危険か理解した上で、その対策として大事な奥さんまで連れて来て接客してくれているのに…このオッサンは!!
「無理だよ、マジュの身に何かあったらって考えるだけで…」
オッサン…ビエネは何を想像しているのか、まぁ何となく予想は出来るけど。
あぁあ、結局私が折れるのか?もうこうなったら全身の鱗を剥ぎ取って売る勢いでお金を湯水のように使ってやろうかな。その第一歩としてまずはここでばんばん洋服買い込んで…
「この国…なんか暑くて苛々するし、ちょっと凍らせようかな?」
「やめろ!!」
なんで私の身の危険を心配する思考が国単位の復讐へと成り替わるんだ!?馬鹿じゃないの?!
「奥さん、オッサンがいて悪いんですけどこのまま採寸お願いします!目を離したら何仕出かすか分かったもんじゃないですから」
…もう怒る気力もない私は恥を捨て、オッサンの前で採寸をしてもらう覚悟を決めた。
そして、オッサンから完全に視線を逸らし、店主さんの奥さんに採寸をお願いするために振り向いて…
「…あれ?奥さん?」
室内には誰もいない。気が付けば私とオッサンの二人きり。
そしてそこに響くは我が夫君のドロ甘な…
「…マジュ、マジュネッタ」
…へ?今、オッサン名前呼ばなかった?愛称じゃなく、普通に。人間の前では呼ばないようにって自分で言ったくせにいい加減な…なんて
「マジュネッタ…」
私は自分をなんだと思っていたんだろう?あの頃の私は、ちゃんと分かったつもりでいて、夫婦と言うモノを本当の意味で理解なんて出来てなかった。
…でもね、今ならあの頃のビエネが竜で言う蜜期に、伴侶へ手も出さずよく我慢できていたなぁと、その苦労も分かるのにねぇ?