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最後の初恋

作者: ふみ
掲載日:2025/12/14

ある日、「僕」は「きみ」に恋をした。

それは一目惚れだった。

しかし「僕」には

その恋が実らないことがわかったいた。

彼の正体ゆえに。

そんなたった一日の初恋を、

「僕」が一人振り返る物語。

一目見てすぐに、僕はきみのことが好きになった。


きみのおかげで、今まで自分がいた世界はとてもちっぽけなものだったのだと気づいた。


きみが僕に広い、広い世界を教えてくれたんだ。


本当に感謝しているよ。





僕たちが出会ったのは、よく晴れた秋の日だった。


きみは朝ごはんにりんごを切っていたっけ。


きみは僕を見ても何も言わなかったけれど、僕の心臓はバクバクだったんだ。


気づいてた?





きみはその日、彼氏とのデートだった。


集合場所へ行く間きみがとても浮き立っていたのを、僕は覚えている。


初めてのデートというわけではなかったのに。


きみにそんなにも愛されている彼が、すごく羨ましく、そして心の底から妬ましかった。


だから、電車の中で彼との写真を見返して、

ほのかにはにかむきみのその表情がとても愛おしく、切なかった。





きみがデートだと思っていたランチで、彼は別れ話をし始めた。


食事を頼んで、すぐのことだった。


「他に好きな人ができた」と彼は言った。


僕はいけないと頭ではわかっていながらも、盗み聞きをしてしまった。





彼が発する言葉の一つ一つがきみの胸に刺さっていくのを、僕は感じた。


そのたびに発する、ヒュッと鳴るほど短い呼吸。


とてもつらそうだった。


動揺、怒り、悲しみ、それらが上手く言葉にできず、

何かを言おうとしては、吐息ばかりがこぼれていくのも、僕は感じた。


言葉にならないその音が、本当に虚しかった。





きみはとても優しい人だった。


それと同時に、自分の感情を相手にうまく伝えられない、少しだけ不器用な人でもあった。


ふざけるな、と彼に怒鳴ってもよかったのに、きみにはそれができなかったんだ。


「お先に」なんて言いながら一人さっさと軽めのランチを食べ終わり、

代金をテーブルに置いて行ってしまった彼を強く引き留めることもできず、

きみは一人レストランに残された。


きみはまだ、グラスの水さえ口にしていなかったというのに。





きみは泣いていた。


本当に彼のことが好きだったのだろう。


おもむろに動かすフォークも、

雫でキラリと光っていた。


食欲も失せていただろうに、それどこじゃなかっただろうに、

きみはパスタを少しずつ口に入れては、

それをゆっくりと飲み込んだ。


外に出て風に当たっても、きみの涙は止まらなかった。


きみの中で荒れ狂う感情の波が、止めどなく押し寄せては、溢れ出した。


僕はきみのその涙を受け止めた。


周りを歩く人々からきみのその顔をそっと隠した。


そのうちに、僕自身も濡れていった。





でも、


きみのことを抱き締められたら、僕の温もりをきみに分けられたら、


どんなに良かったことか。




彼に向かって、きみの代わりに怒ってあげられたら。


お前なんかには勿体ないと、一喝してあげられたら。


きみがどれほど彼を想っていたのか伝えられたら。


せめて、きみの背中をさすりながら慰めてあげられたら。




でも、僕には何一つできなかった。


苦しそうなきみを支えることができない自分がとても歯がゆくて、

もどかしい。





僕はきみが好きだ。本当に、本当に好きなんだ。


でもきみがそれを知ることは永遠にない。


なぜなら、僕が言わないから。いや、言えないからだ。


本当はすごく言いたいし、言いたくてたまらない。


僕の気持ちを伝えて、きみがどんな顔をするのか、見てみたい。


驚くかな、喜ぶかな、それとも困ってしまうかな。


本当は、過ぎ行く日々を、きみと共にしたい。


忙しい日々も、穏やかな日々も。


できれば、一生。





でも僕にそれはできない。


どんなに強く願ったって、それは叶わない。


もう、きみとお別れする時間が近づいている。


もともと覚悟していた。僕がきみといられるのは、1日限りだって。


きみは僕をプラスチックの袋から出し、身に着け、夜には捨てる。


きみにとって僕は、顔を隠すための道具にすぎない。


きみは明日になったら僕のことなんか忘れてしまう。


わかっていたことだ。





それでも僕は、きみに恋したことを微塵も後悔していない。


素晴らしい1日だった。


きみは僕一人では知り得なかった、世界の雄大さや、人を想う気持ちの尊さを教えてくれた。


最高の経験だった。


きみに出会えたこと自体が、僕にとって最大の幸せだった。





ああ、もうお別れだ。


きみの鼻や口、そして耳からだんだん離れていき、それがとても名残惜しい。


ずっとこのままでいたいのに、僕にはそれができない。


身体の芯から悔しさが溢れ出す。


でも、仕方ないんだ。





きみに伝わることがないとわかっているけど、最後に言わせてほしい。


またいつか、きみと巡り逢えることを祈って、


愛してる。


次は必ず、この想いをきみに伝えられますように。

「僕」の正体、わかりましたか?

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