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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
90/96

佐伯が初めて声は静かに。だが、方向ははっきりと“線を越える”回

 佐伯


 ――安定は、異常かもしれない


 広報資料の草案が回ってきたのは、午前十時過ぎだった。


「持続的安定利用層の発見」

「意味付与を最小化した設計の有効性」


 整った見出し。

 グラフは滑らかで、角度も美しい。


 佐伯は、無言で最後まで目を通した。


 確かに、成功事例に見える。


 解約率は低い。

 クレームは増えない。

 利用頻度は緩やかに維持。


 波がない。





 会議室で、広報担当が言う。


「これは押し出せます。

 他社との差別化にもなります」


 別の者が補足する。


「“意味を与えない支援”という思想は、

 かなり新しいです」


 思想。


 その言葉に、佐伯はわずかに眉を動かす。





 スクリーンに、例の文言が映る。


 > 外部からの意味付与を行わない状態が、

 一部利用者において持続的安定を生む傾向が確認された。




 確認された。


 その断定が、

 どこか空虚に響く。





 佐伯は、ゆっくりと口を開いた。


「……安定は、

 異常かもしれない」


 部屋が静まる。


 冗談の調子ではなかった。





「波がないということは、

 こちらの介入が

 影響していない可能性もある」


 広報担当が戸惑う。


「ですが、利用は継続しています」


「継続していることと、

 設計が機能していることは、

 同義ではない」


 佐伯は、視線をグラフに向けたまま続ける。


「もし、利用者が

 “意味を与えられない状態”を

 自分で選んでいるのだとしたら」


 その先を、

 誰も引き取らない。





 それは、

 制度が作った成果ではない。


 制度の外側で、

 たまたま噛み合っただけかもしれない。


 それはつまり、

 再現性がない。





 佐伯は、自分の声が

 わずかに乾いていることに気づく。


「成功事例として出すなら、

 強化が必要です」


 誰かがすぐに反応する。


「強化、とは?」


「意図的に設計する」


 意味付与を最小化するプロセスを、

 仕様として定義する。


 条件を明文化し、

 評価指標を作る。


 “自然発生的安定”を、

 “設計安定”へ。





 会議室の空気が、

 静かに前のめりになる。


 広報担当がうなずく。


「つまり、

 再現可能なモデルにする、と」


 佐伯は短く頷く。


 だが、その胸の奥では、

 別の感覚が動いている。





(これを設計した瞬間、

 同じものではなくなる)


 理解している。


 それでも、

 放置はできない。


 管理できない安定は、

 いつか揺らぐ。


 揺らぐ前に、

 枠を与える。


 それが、本部の役目だ。





「健全性指標に、

 新しい項目を追加します」


 誰かがメモを取る。


「“意味付与回避率”の測定は可能か?」


「ログから抽出できるかと」


 言葉が、

 具体化していく。





 佐伯は、

 一瞬だけ迷った。


 月影の報告を思い出す。


 > 特筆すべき変動なし




 あれは、

 守ろうとしたのかもしれない。


 何かを。





 だが、

 守るためには、

 枠がいる。


 彼はそう信じている。


 かつて「丸徳技術研究所」だった頃から、

 この組織は

 曖昧さで傷ついてきた。


 だから、

 曖昧な成功を

 そのままにしておけない。





「来週までに、

 試験運用案を」


 会議が動き出す。


 “安定”は、

 検証対象から、

 強化対象へ。





 佐伯は、

 最後に一言だけ付け足す。


「念のため言っておきますが、

 これは成功の横展開です」


 誰も異議を唱えない。





 会議室を出たあと、

 彼は立ち止まる。


 自分がさっき口にした言葉を、

 頭の中で反芻する。


「安定は、異常かもしれない」


 それは警告だったはずだ。


 だが今は、

 推進力に変わっている。





 その頃、

 月影の端末には

 新しい依頼が届いている。


 > ・意味付与回避率の定義策定

 ・再現性検証のためのログ再分析




 未選択の余白が、

 狭くなる。





 そして花子は、

 その夜も

 何も知らないまま、

 卵を焼く。


 だが、

 制度の側では、

 彼女の言葉が

 “モデルケース”に

 変わろうとしている。

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