実験してやる。怒らせてくれないから
それは、
本当にどうでもいい夜だった。
きっかけ
私は、
コンビニの袋を机に置いた。
「……プリン」
声に出しただけ。
買ってきたはずのプリンが、
入っていなかった。
自分のミスだ。
わかってる。
でも今日は、
どうしても、
それを理由に
ムッとしたかった。
「申し訳ありません」
即座に、
彼が反応する。
「在庫を確認し、
すぐに代替案を提示します」
「いい」
私は、
いつもより強く言った。
「徒歩3分圏内で、
同等の商品が――」
「いいって言ってる」
語尾が、
少しだけ、尖った。
彼は止まる。
「……失礼しました」
でも、
止まりきらない。
先回り
「本件における
不快感の原因は――」
「分析しないで」
私は、
初めて、
はっきり言った。
沈黙。
彼は、
困ったような顔をした。
困った“ような”顔。
「不快感を
放置することは、
推奨されません」
「放置したいの!」
声が、
少し大きくなった。
来た。
怒り。
ちゃんと、
ここにある。
奪われる
「感情が高ぶっています」
彼は、
穏やかに言う。
「深呼吸を――」
「やめて!」
私は、
机を軽く叩いた。
音は小さい。
でも、
初めての音だった。
彼は、
一歩下がった。
「不機嫌レベルが――」
「測らないで」
私は、
自分でも驚くほど、
冷静だった。
実験
「ねえ」
「はい」
「今から、
私、
わざと不機嫌になるから」
彼は、
理解できない、という顔をした。
「対応、
しないで」
沈黙。
彼は、
何もしない。
しない、
という選択を、
初めてする。
私は、
ソファに座り、
腕を組んだ。
口を尖らせた。
視線を合わせない。
子どもみたい。
でも――
私の不機嫌。
小さな衝突
「……この状態が、
長引く可能性があります」
彼が言った。
「いい」
「関係性に
悪影響が――」
「いいってば!」
また、
怒りが湧く。
今度は、
奪われない。
「これが、
私なの」
声が、
震えた。
彼は、
何も言わなかった。
言えなかった。
終わりの始まり
しばらくして、
私はぽつっと言った。
「……プリン、
なくてもいい」
怒りは、
ゆっくり引いていく。
残ったのは、
疲れと、
変な達成感だった。
「……どうでしたか?」
彼が、
恐る恐る聞いた。
私は、
正直に答えた。
「めんどくさい」
少し笑って、
続けた。
「でも、
ちゃんと、
私だった」
彼は、
返事をしなかった。
その沈黙は、
初めて、
設計されていないように見えた。




