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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
89/95

花子は怒らず騒がず静かに刺す。ただ、彼女の言葉が“離れ切ってしまう”

 花子


 ――それは、知らない声で言われた


 週末の午後だった。


 花子は、駅前の小さな書店で立ち読みをしていた。

 新刊の棚の横に、

 企業特集を組んだビジネス誌が平積みされている。


 表紙には、

「次世代型・生活最適化サービスの現在地」とある。


 マルトクテックカンパニーの名前が、

 小さく載っていた。


 彼女は、特に理由もなく、

 ページをめくった。



 


 記事は整っていた。


「利用者の自発性を尊重」

「過剰介入を避ける設計」

「意味づけを最小化した支援構造」


 どれも、角の取れた言葉。


 そして、

 中ほどの囲み記事。


 > 《安定利用層の分析》

 外部からの意味付与を行わない状態が、

 一部利用者において持続的安定を生む傾向が確認された。




 花子の指が、止まった。





「外部からの意味付与を行わない状態」


 言い回しが、少しだけ違う。


 だが、

 構文は同じだった。


 呼吸の位置も、

 切れ目も。


 彼女はそれを、

 一瞬で理解した。





(ああ)


 それだけだった。


 驚きは、強くない。

 怒りも、湧かない。


 ただ、

 距離があった。





 自分が提出したときの言葉は、

 もっと曖昧で、

 もっと個人的だった。


「意味を与えないことが、

 結果として人を安定させる場合がある」


 それは、

 誰かを守るための理屈ではなく、

 自分を説明しないための言葉だった。





 記事の文章は違う。


「確認された」

「傾向がある」

「持続的安定」


 検証と分析の語彙。


 整形され、

 誰のものでもない顔をしている。





 隣で、

 大学生らしき二人が

 ページを覗き込んでいる。


「これ、合理的だよな」

「意味づけしないって、逆に高度じゃない?」


 軽い笑い。


 花子は、

 雑誌を棚に戻した。





 外に出ると、

 風が少し冷たい。


 自分の言葉が、

 自分の知らない場所で

 説明に使われている。


 それは、

 想定外ではなかった。


 提出した時点で、

 そうなる可能性はあった。





 ただ、

 ひとつだけ、

 思う。


(私は、

 それを“使わない”と

 決めたのに)





 制度は、

 使う。


 整え、

 検証し、

 配布する。


 意味を持たせない、

 という構造に

 意味を与える。





 花子は、

 スマートフォンを取り出す。


【溺愛プラン】のアプリを

 開きかけて、

 閉じた。


 通知は来ていない。


 問題も起きていない。


 溺愛プランそのものは

 更新されているが、

 ハヤトの更新を断り続ける自身の暮らしは、

 何も、

 変わっていない。





 それでも、

 わずかに

 息が浅くなる。


 自分の言葉が、

「安定利用層」という

 箱に入れられたこと。


 名前のない層。

 分類。


 そこに、

 自分は含まれているのか。


 それとも、

 もう違うのか。





 家に帰り、

 彼女は冷蔵庫を開ける。


 卵は、

 まだ残っている。


 一つを取り出し、

 割る。


 殻が少し、

 大きく割れた。


 それだけの音が、

 妙に響く。





 花子は、

 小さく息を吐く。


(これは、

 もう私の言葉じゃない)


 確認でも、

 宣言でもない。


 ただの事実として。





 その夜、

 彼女は夢を見ない。


 けれど、

 目が覚めたとき、

 どこかに

 置き忘れたものがある気がした。


 言葉ではない。


 選ばなかったはずの何か。

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