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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
87/94

うごく。

 月影


 ――「言葉が、ここにある」


 最初は、

 ただの引っかかりだった。


 画面の構成は、

 昨日と同じ。


 数値の並びも、

 色分けも、

 警告も、

 変わっていない。


 それなのに、

 月影は

 視線を

 一行から外せなくなった。


 > 安定要因:

 外部意味付与の欠如(仮)




(……こんな言い方、

 前からあった?)





 彼は、

 ログの履歴を

 遡った。


 変更日時。

 自動生成。

 編集者:システム。


 人の名前は、

 どこにもない。





 それでも、

 月影は

 確信していた。


 これは

 誰かの言葉だ。





 システムが

 自然に吐き出す

 文章ではない。


 あまりに

 人間的で、

 あまりに

 配慮がある。


「欠如」という

 否定語を使いながら、

「安定要因」と

 並べている。


 この距離感は、

 知っている。





 月影は、

 別のログを

 開いた。


 同じ文言が、

 わずかに

 形を変えて

 現れている。


 > 行動変動が

 観測されない理由として、

 意味付与プロセスの

 不在が考えられる




(……やっぱり)





 彼は、

 メモを取らなかった。


 記録を残すと、

 その瞬間に

 対象になる。





 代わりに、

 過去の

 会議ログを

 頭の中で

 なぞった。


 誰が、

 こんな言い方を

 しただろう。





 月影は、

 人の声を

 よく覚えている。


 発言の内容ではなく、

 ためらいの位置を。


 言葉を

 選ぶ間の

 沈黙。





 けれど、

 思い当たる声が

 ない。


 本部の人間は、

 この言い方を

 しない。


 佐伯は、

 数値で語る。


 数値を

 捨てるときでさえ、

「破綻」と

 言う。





(じゃあ、

 本部じゃない)


(でも、

 外部でもない)





 月影は、

 別の仮説を

 立てた。


 誰かが、

 “提出した”。


 会議ではなく、

 意見としてでもなく。


 文書の片隅に。





 彼は、

 共有フォルダを

 検索した。


 用語整理。

 健全性。

 意味。


 大量に

 引っかかる。


 だが、

 どれも

 同じ文体に

 均されている。





 月影は、

 一瞬だけ

 笑いそうになった。


(上手いな)


(痕跡を

 消すつもりは

 なかった)


(最初から、

 “誰の言葉でもない”

 場所に

 置いた)





 画面を閉じた。


 これ以上

 探すと、

 自分が

 ログに残る。





 月影は、

 椅子にもたれて

 目を閉じた。


 頭の中に、

 一文だけが

 残る。


「意味を

 与えないことが、

 結果として

 人を安定させる」





(……この言い方、

 私は

 選ばない)


(選ばないけど、

 理解は

 できる)





 彼は、

 その違いを

 怖がった。


 理解できる言葉は、

 もう

 外にある。





 月影は、

 “未選択”の

 フォルダを

 開いた。


 まだ、

 渡していない。


 だが、

 誰かの言葉が

 先に

 ここへ

 入り込んできた。





(出所が

 わからないのに、

 機能してる)


(……これは、

 まずい)





 その日の

 最終ログに、

 月影は

 何も書かなかった。


 未選択。


 それだけを

 維持した。





 彼は、

 まだ

 花子のことを

 知らない。


 だが、

 “誰かが選ばなかった言葉”が

 もう制度の内側で

 使われ始めている

 ことだけは、

 はっきりと

 察していた。






 

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