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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
86/89

花子の言葉が、ログに触れてしまう前兆

 ――接続は、誰の許可も取らない


 それは、

 正式な会議でも、

 決裁文書でもなかった。


 本部内の

 共有フォルダに置かれた、

 ただの作業メモ。


 タイトルは無難だった。


 > 「健全性指標再整理に向けた

 用語棚卸し(途中)」




 誰が書いたのかも、

 いつからあるのかも、

 曖昧なファイル。





 その中に、

 花子が“提出した言葉”があった。


 彼女自身は、

 もう使わないと決めた言葉。


 使った瞬間から、

 自分の手を離れると

 わかっていた言葉。





 引用符もなく、

 発言者名も付かないまま、

 箇条書きの一行として。


 > ・「意味を与えないことが、

  結果として人を安定させる場合がある」




 それは、

 花子が

 “使う気のない言葉”として

 差し出したものだった。





 そのメモを読んでいたのは、

 月影ではない。


 佐伯でもない。


 本部の、

 分析担当でも、

 運用責任者でもない。


 中間の人間だった。


 判断権も、

 発言権も、

 ただの業務として

 文章を整理する役。





 彼は、

 別の資料を

 同時に開いていた。


 赤も黄もついていない、

 例のログ群。


「特記事項なし」が

 並ぶ行。





 彼は、

 二つを

 並べてしまった。


 ただそれだけだった。





 > 「意味を与えないことが、

 結果として人を安定させる場合がある」




 > 「評価入力:未記入

 満足度:測定不能

 行動変動:なし」







 彼は、

 違和感を

 覚えなかった。


 むしろ、

 説明が付いた気がした。





(ああ、

 これか)


(“意味を与えない”

 状態)


(だから、

 評価が生まれない)





 その瞬間、

 花子の言葉は

 仮説になった。


 本人の意図とは

 まったく別の場所で。





 さらに悪いことに、

 その仮説は

 攻撃的ではなかった。


 排除のための

 言葉でもなかった。


 理解のための言葉

 として使えそうだった。





 だが、

 本部は知っている。


 理解できるものは、

 必ず

 管理対象になる。





 メモの末尾に、

 誰かが

 そっと追記する。


 > 「※意味付与を回避した状態が

  一時的に安定を生む可能性あり

  →持続性は未検証」




「未検証」


 それは、

 危険指定の

 一歩手前の言葉。





 同じ時間、

 別の階層で。


 月影は、

 例のログを

 再び開いていた。


 彼は、

 まだ知らない。


 花子の言葉が、

 このログの

 “説明候補”として

 置かれ始めていることを。





 ただ、

 画面の隅に

 小さな変化があった。


「特記事項なし」の下に、

 薄く、

 自動生成の注釈。


 > 「安定要因:

 外部意味付与の欠如(仮)」







 月影は、

 その行を見て、

 初めて

 はっきりと息を止めた。


(……誰の言葉だ)


(これは、

 誰が置いた)





 その夜、

 花子は

 自分の提出した文書を

 読み返していない。


 もう、

 使わないと

 決めているから。


 だが、

 言葉は

 待ってはくれない。





 花子の言葉は、

 まだ

 何も壊していない。


 けれど、

 壊す理由を探す側に

 ヒントを与え始めている。


 それが、

 最初の兆しだった。




 

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