知って、しまった……(月影が)
――観測ログに、異常がない
月影がそれを見ることになったのは、
意図された閲覧ではなかった。
未処理ログの束に、
一つだけ、
赤も黄も付いていない行があった。
警告なし。
評価変動なし。
異常フラグ、ゼロ。
それが、
なぜか引っかかった。
利用者IDは匿名化されている。
年齢、性別、職種――
すべて統計処理済み。
だが、
行動履歴の粒度だけが、
やけに整っていた。
・利用頻度:安定
・要求件数:少
・拒否反応:なし
・満足度入力:未記入
「……未記入?」
月影は、
一瞬だけ画面から目を離した。
通常、
満足度は入力される。
高くても低くても、
どちらでもいい。
だが、
未記入が続くというのは、
別の意味を持つ。
評価する必要が、
生じていない。
月影は、
ログの詳細を一段だけ開いた。
文章化されていない、
行動の残骸。
・滞在時間:短
・会話終了タイミング:自然
・業務補助者からの逸脱報告:なし
そして、
一行だけ、
備考欄に残っていた。
> 「特記事項なし」
それは、
最も不安を誘う言葉だった。
月影は知っている。
本部が恐れるのは、
クレームでも、
炎上でもない。
「何も起きないこと」だ。
さらに辿ると、
同様のログが、
いくつか並んでいた。
多くない。
だが、
確実に存在している。
共通点は一つ。
介入が最小限であること。
月影は、
自分の胸の奥で
何かが、
静かに揺れるのを感じた。
――これは、
制御されている状態ではない。
――自発的に、
選ばれている。
---
その瞬間、
彼は思い出す。
かつて、
削除候補にも、
更新対象にもならなかった
別の案件。
数字が暴れず、
声も上がらず、
それでも、
確かに“生きていた”利用者たち。
そして、
そのときも、
結論は出なかった。
月影は、
自分が今見ているものを
「理解した」とは言わなかった。
ただ、
こう認識した。
これは、
選択され続ける形だ。
最適でもなく、
推奨でもなく、
理念にも合致しない。
それでも、
人が離れない形。
画面の端に、
本部からの通知が点滅する。
「健全性指標の再定義について
検討会を実施します」
月影は、
その通知を
今は開かなかった。
彼はもう一度、
ログの最初の行に戻る。
赤も、
黄も、
何もついていない行。
それが、
一番うるさい。
月影は、
心の中で
言葉を選ばずに思う。
(この人たちは、
何も壊していない)
(だから、
壊される理由が、
まだ見つからない)
その夜、
月影は
「未選択」という言葉を
思い浮かべる。
まだ、
誰にも渡していない。
だが、
もう一人では
抱えきれなくなっている。




