【下僕プラン】制度の内側で普通に生きている別の利用者は
――「それが楽だと気づいてしまった人」
彼は、予定を詰めないことで評価されてきた男だった。
三十八歳。
外資系コンサルを経て、今は国内企業の経営企画。
「判断が早い」「無駄がない」と言われる一方で、
誰からも私生活を想像されないタイプだった。
失敗できない、という言葉が
自分の肩書きの一部になって久しい。
【下僕プラン】を選んだ理由は、
説明できるほど劇的ではない。
家事を外注したかったわけでも、
寂しさを埋めたかったわけでもない。
ただ、
「考えなくていい時間」が欲しかった。
契約初日、
業務補助者は淡々としていた。
挨拶は短く、
確認事項は箇条書き。
「本日は、何を減らしますか」
その言い方が、
彼には妙に心地よかった。
夕食の献立を考えない。
洗濯のタイミングを決めない。
翌朝のシャツを選ばない。
それだけで、
頭の中に余白が生まれた。
彼はその余白を、
仕事に使わなかった。
代わりに、
何もしなかった。
ソファに座り、
テレビもつけず、
スマートフォンも置いたまま、
ただ呼吸をする。
それが「利用」だという実感は、
ほとんどなかった。
むしろ、
「何も要求されていない」状態が、
久しぶりだった。
数週間後、
彼は自分が
業務補助者の名前を
覚えていないことに気づいた。
そして、
それを悪いと思わなかった。
これは人間関係ではなく、
役割のやり取りだ。
そう整理できることが、
安心につながっていた。
ある夜、
業務補助者がぽつりと言った。
「今日は、少し疲れているように見えます」
それは、
分析でも評価でもなかった。
ただの観測だった。
彼は一瞬、
返答に迷った。
正解を探そうとしてしまったからだ。
だが、
ここでは正解を出す必要がないと、
思い出す。
「そうかもしれません」
そう答えると、
会話はそこで終わった。
深掘りはない。
励ましもない。
彼はその静けさを、
ありがたいと思った。
後日、
同僚との雑談で
こんなことを言われた。
「最近、丸くなりました?」
彼は否定もしなかった。
説明もしなかった。
自分でも、
何が変わったのかを
言葉にするつもりがなかった。
【下僕プラン】は、
彼の生活を
良くも悪くも変えていない。
ただ、
余計な緊張を
一つずつ外していった。
それが健全かどうかを、
判断する基準を
彼は持っていない。
持つ必要を、
感じていない。
彼が不思議に思っているのは、
このサービスについて
誰も大声で語らないことだった。
おすすめもされない。
批判もされない。
ただ、
静かに使われている。
それが、
自分と同じ種類の人間に
向いている気がした。
その夜、
彼は契約画面を開き、
更新ボタンの上で指を止めた。
理由はない。
やめるつもりも、
続ける理由も、
特にない。
「必要なら、使う」
それだけで十分だと、
彼は思った。




