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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
80/87

…してしまうことが、問題

 対応継続、という言葉が、

 本部の廊下をゆっくりと満たしていった。


 誰かの決断を待つための言葉。

 だが実際には、決断が不要であるかのように装うための言葉だった。


 その日、正式な通達が出る。


 件名:用語使用に関する留意事項

 本文は短い。


 ――業務文書・広報素材・内部評価において、

 「意味」「意義」「価値」といった解釈依存度の高い語彙は、

 原則として使用を控えること。


 理由は、書かれていない。

 理由を書けないこと自体が、理由だった。



 月影は、その通達を、端末の隅で読む。


 禁止ではない。

 だが、使う理由を失わせる書き方だ。


 彼は、画面を閉じる。

 何かを選ばなかった回数を、思い返す。


 即答しなかった依頼。

 最適解を提示しなかった瞬間。

 沈黙を、相手に渡したときの、あの間。


 それらはすべて、

 「意味」という語を使わずに、成立していた。


 だからこそ、

 今も成立してしまう。


 ――成立してしまうことが、問題なのだ。



 同じ時刻、佐伯は、

 「中期指標」を含む資料が、

 正式に参照不可になったことを知る。


 禁止ではない。

 ただ、会議体に載らない。


 彼は、机に置いた紙を一枚、裏返す。


 数字が消える。

 だが、現象は消えない。


 彼は、初めて、

 数値を使わずに説明してみようとする。


 頭の中で、言葉が引っかかる。


 ――説明、とは何だ。


 数値がなければ、

 誰かに信じてもらえないと思っていた。


 だが今は、

 信じてもらう場が、最初から閉じられている。


 その事実が、

 彼を静かに解放する。



 花子は、夜、簡単な夕食を取りながら、

 古い契約書の写しを眺めている。


 「完成」という言葉が、

 まだ、当たり前に使われていた頃の文面。


 彼女は、それを破らない。

 保存もしない。


 ただ、畳んで引き出しに戻す。


 使わないと決めた言葉は、

 捨てなくても、効力を失う。


 効力を失った言葉ほど、

 組織には扱いづらいものはない。



 本部では、

 “健全”という語を避けた結果、

 代わりの指標が増殖していた。


 反応率。

 即応率。

 満足度(定義未確定)。


 どれも、壊れてはいない。

 ただ、噛み合っていない。


 誰かが、会議の終わりに、

 ぽつりと呟く。


「……結局、何がいけなかったんだっけ?」


 その問いに、

 誰も答えない。


 答えられないからではない。

 答えると、何かが始まってしまうからだ。



 月影は、その夜、

 未選択を、まだ渡していない。


 だが、

 次に来る依頼が、

 最後になる予感がしている。


 選ばない、という選択が、

 他者の手に渡る瞬間。


 それは、

 何かが壊れる音ではない。


 むしろ、

 壊れなかったものが、初めて外に出る音だ。


 本部は、その音を、

 まだ聞いていない。


 聞こえないように、

 言葉を減らし続けている。


 だが、

 静かになるほど、

 音は、よく響く。



 次の会議の議題は、

 こう記されている。


 ――未選択ログの取り扱いについて。


 誰も知らない。

 そのログが、

 すでに一部、

 外に出ていることを。

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