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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
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拾わなかった、拾えなかった

 翌週、本部は正式な通達を出した。


 文面は慎重で、角が立たないよう何度も磨かれている。


 ――「業務上、定義不可能な“意味”の過度な使用を控えること」

 ――「数値化されない解釈の共有は、判断の均質性を損なう恐れがある」


 禁止ではない。

 だが、近づいている。


 “意味”という言葉は、使ってはいけないものの一歩手前に置かれた。


 会議室では、その通達を巡って誰も拍手をしなかった。

 反対も、賛成もない。


「……これで、落ち着きますかね」


 問いは宙に浮いたまま、誰も拾わない。

 落ち着くかどうかを判断する指標が、もう存在しないからだ。


 本部は、代替を探し始めた。

 数値でも、意味でもない、“別の権威”。


 理念。

 行動指針。

 創業時の精神。


 書庫から引きずり出された古い資料は、どれも手触りが違った。

 今の現場には合わない。

 だが、それを「合わない」と言う基準も、すでに揺らいでいる。


「……理念、って」 「測れないですよね」 「でも、測れないものを禁止した以上……」


 誰かが、途中で口をつぐむ。

 言い切れない。


 本部は、**“理念を数値化する試み”**に着手した。

 その時点で、ほころびは確定していた。


 数値は、何も語らない。

 ただ並ぶだけだ。


 一方その頃、月影は――

 自分に向けられている視線の理由を、まだ知らなかった。


 通知は来ない。

 削除判断も、更新指示も、保留連絡すらない。


 それが、いちばん奇妙だった。


 端末に表示される日常業務は、昨日と変わらない。

 依頼も、評価も、滞りなく進んでいる。


 ただ一つだけ、違う。


 「選択ログ」の空白が、放置されている。


 本来なら、どちらかが埋めるはずの欄。

 最適か、非最適か。

 更新か、削除か。


 だが、そこは空白のままだ。


 月影は、その空白を見つめながら、思い出していた。


 ――過去に、止められなかった案件。


 そのときも、数値は問題なかった。

 理念も、守られていた。

 ただ一つ、“選ばれなかった選択”だけが、誰にも拾われなかった。


 拾わなかったのではない。

 拾えなかった。


 月影は、その空白を自分のものとして保持している。

 まだ、誰にも渡していない。


 渡せば、何かが起きる。

 起きないかもしれない。


 だが、今はまだ――

 選ばない、という選択そのものを、ここに置いている。


 同じ頃、佐伯は別の画面を見ていた。


 禁止指標として消されたはずの数値。

 それが、なぜか別のログに混入している。


 意図していない。

 だが、確かに“戻ってしまった”。


 佐伯は一瞬、迷う。

 修正するべきか。

 見なかったことにするべきか。


 だが、画面に並んだ数字は、あまりにも静かだった。


「……これは」


 声に出した瞬間、理解する。


 この数値は、

 “何も起きていない理由”を、最も正確に示している。


 佐伯は、それを報告してしまう。

 数値として。

 ただのデータとして。


 その瞬間、本部の内部で、微細な亀裂が走る。


 意味を禁止したはずなのに、

 意味に最も近い説明が、

 数値の形で戻ってきてしまった。


 本部は混乱する。


「……これ、どう扱います?」 「禁止指標ですよね」 「でも、無視できない」 「無視したら、理由がなくなる」


 理由。

 またその言葉が、口に出かけて、飲み込まれる。


 一方で、花子は――

 そのすべてを知らないまま、いつも通りの日常を送っていた。


 提出した言葉を、もう使わないと決めた静かな後日。

 彼女は、別の言葉を選んでいない。


 選ばないことが、

 すでに選択になっていることにも、触れない。


 だが、世界のどこかで、

 その言葉は独り歩きを始めている。


 意図しない場所で、

 意図しない形で。


 本部が最も恐れている未来に、

 最も穏やかな顔で、近づきながら。

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