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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
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未選択が渡る

 月影は、選ばなかった。


 それは、拒否でも反抗でもなかった。

 ただ、選択肢の外に指を置いただけだ。


 システムは一瞬、沈黙した。


 通常なら即座に返るはずのレスポンスが、

 返らない。


 進捗バーも、警告音も、出ない。


 画面は静止したまま、

 「処理中」の表示だけが淡く点滅している。


 月影は、そこで初めて気づいた。


 ――ああ、これは、誰かが拾う。


 自分が保持するのではない。

 破棄でもない。


 未選択という“空白”が、

 別の場所へ流れる。


 それが誰なのかは、

 月影には知らされない。


 知らされない、という仕様が、

 この制度では最も重い。


 彼は、深く息を吸い、

 端末を閉じた。


 何も起きていない。

 少なくとも、表面上は。


 ***


 本部では、

 説明できない違和感が広がっていた。


 アラートは鳴っていない。

 数値も正常範囲内。


 契約解除も、炎上も、

 外部からの苦情もない。


 「……なのに」


 誰かが、会議室で呟く。


 「なんで、こんなに落ち着かないんですか?」


 誰も答えられない。


 グラフは、右肩上がりだ。

 KPIも達成している。


 異常があるなら、

 どこかに数値が出るはずだ。


 出ていない。


 だから、問題はない――

 はずなのに。


 「“健全”が、増えてません?」


 若手の一人が、恐る恐る言った。


 その言葉に、空気が止まる。


 健全。

 曖昧で、測定不能で、

 だが誰も否定できない語。


 「……その言い方は、よくない」


 即座に制される。


 「健全、という概念は主観的です」  「評価基準としては不適切」


 誰もが頷く。


 だが、否定の理由が、

 誰一人、言語化できていない。


 本部は、理由を探し始める。


 なぜ不安なのか。

 なぜ制御できていない気がするのか。


 答えは、どこにもない。


 だから、次の手が選ばれる。


 ――理念を、明文化しよう。


 数値では押さえきれないものを、

 言葉で囲い込む。


 会議室のスクリーンに、

 ドラフト文が映し出される。


 > 当社は、

 > 意味ある関係性の提供を理念とする――


 「ストップ」


 即座に赤が入る。


 「“意味”は危険です」  「測れません」  「解釈が分岐します」


 修正。


 > 効率的な関係性の提供を――


 「それだと、今と同じです」  「不安が消えない理由にならない」


 また修正。


 言葉が増えるたびに、

 不安も増える。


 最終的に、

 文書は完成しなかった。


 理念は、提出できない。


 提出できないこと自体が、

 異常だった。


 ***


 花子は、その未完成の文書を、

 一読で理解した。


 「……なるほど」


 理解したからといって、

 動くわけではない。


 彼女は、

 “使う気のない言葉”を一つ、提出する。


 安全で、無難で、

 何の刃も持たない語。


 > 円滑なサービス運営のための参考意見


 それが、

 そのまま通ってしまう。


 本部は、

 “何も起きていない”ことに、

 さらに不安になる。


 誰かが、未選択を受け取った。


 だが、

 それが誰なのか、

 どこで何が変わったのか、


 誰にも分からない。


 分からない、という状態だけが、

 確かに残った。


 そして本部は、

 一つの結論に傾いていく。


 ――意味が悪い。


 意味があるから、

 揺れる。


 だから次は、

 意味を、限りなく禁止語に近づける。


 公式通達の準備が、

 静かに始まった。

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