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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
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《本部が「意味」を禁止語に近づける公式通達》

(仮題)意味についての通達


 本部からの通達は、いつもと同じ形式だった。

 件名、発信部署、日付、そして淡々とした本文。

 強調もなければ、注意喚起の赤字もない。だからこそ、花子は一度、読み飛ばしかけた。


 ――業務文書内における語句使用の適正化について。


 画面をスクロールする指が、途中で止まる。


 > 今後、判断記録および関連文書において

 > 「意味」「意図」「理由」等の主観的解釈を含む語句については、

 > 使用を慎重に検討すること。

 > 代替表現が可能な場合は、そちらを優先すること。


 花子は、しばらく瞬きを忘れていた。


 禁止、とは書いていない。

 使うな、とも書いていない。

 ただ、「慎重に」「代替可能なら」とあるだけだ。


 それでも、これは通達だった。


 同じフロアの空気が、わずかに変わる。

 誰かが咳払いをする音。キーボードを叩く速度が、不自然に揃っていく。


 花子は、すぐに理解した。

 これは「意味」を危険物として扱う、という宣言なのだ。


 隣の席では、誰かが内部チャットに短く打ち込んでいる。


 ――「意味」って、仕様で言い換えられるよね?

 ――「意図」は想定でいいんじゃない?

 ――理由は……過去事例参照?


 冗談めかしたやりとりなのに、笑いは起きない。

 誰もが、正解を探している顔をしていた。


 花子は、自分の作業中の文書を開き直す。

 さっきまで何の違和感もなかった一文が、急に危うく見えた。


 ――この判断の意味は。


 削除する。

 代わりに、こう書く。


 ――当該判断は、既存仕様との整合性を考慮した結果である。


 画面は、きれいになった。

 意味は消え、説明だけが残った。


 その瞬間、胸の奥がひやりと冷える。

 だが花子は、その感覚に名前をつけない。

 名前をつけた瞬間、それもまた「意味」になってしまうから。


 少し離れた会議室では、本部の人間たちが同じ通達を前にしていた。


 「穏当な表現だと思います」


 誰かがそう言い、別の誰かがうなずく。


 「禁止ではない。選択肢を示しただけですから」  「現場の自主性を尊重しています」


 議事録には、そう残る。

 誰も、「なぜこれが必要なのか」を言葉にしない。


 言葉にできない理由は、全員が同じものを見ているからだった。

 ――最近、何も起きていないのに、不安なのだ。


 だが不安は、業務用語ではない。

 だから、どこにも書けない。


 会議の終わり際、誰かがぽつりと言う。


 「健全性の担保、という観点では……」


 その言葉も、最後までは続かなかった。

 健全、という語が、今どこに位置しているのか。

 誰も正確には把握していなかった。


 一方、月影はこの通達を、夜になってから目にした。


 画面に浮かぶ文章を読み終えたとき、彼女は笑いそうになる。

 ――ああ、ついにここまで来た。


 意味を避ける。

 理由を曖昧にする。

 それは、選ばないことを制度化する一歩だ。


 月影は、過去に「未選択」を渡した瞬間を思い出す。

 あのとき、自分は迷っていた。

 誰かに決めてほしかったのかもしれない。


 だが今は違う。


 彼は新しい案件を開き、

 説明欄を、最初から空白のままにする。


 意味を書かない。

 理由も書かない。

 選択すら、明示しない。


 それでも提出は可能だった。

 システムは、何も警告を出さない。


 月影は送信ボタンを押す。

 選ばなかったことだけが、静かに登録される。

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