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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
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同一時刻に起きた三つの“無音の事件”―ただ、制度だけが耐えきれずに歪む

 花子


「使う気のない言葉」


 花子は、

 正式フォームを開いた。


 提出期限まで、

 まだ三日ある。


 それでも、

 今日でいいと思った。


 入力欄は、

 簡潔だった。


 > 改善要望(任意)

 ※採用を前提としない自由記述




 花子は、

 キーボードに触れたまま、

 数秒止まる。


 使う気は、

 ない。


 これで何かが

 良くなるとも思っていない。


 ただ、

 言葉がどこまで届くかは、

 見てみたかった。


 花子は、

 一文だけ書いた。


 > 「完成」という言葉が

 行動を止める瞬間を

 観測しました。




 それだけ。


 理由も、

 具体例も、

 提案もない。


 送信。


 画面が戻る。


 花子は、

 マグカップを持ち上げ、

 少し冷めたコーヒーを飲んだ。


 提出した言葉に、

 責任を持つ気はない。


 ただ、

 観測結果を置いただけだ。





 月影


「未選択が渡る瞬間」


 月影真佐男は、

 説明をしなかった。


 相手の顔も、

 名前も、

 画面の向こうにあったが、

 記憶に留めなかった。


 それは、

 必要ないからだ。


 月影は、

 いつもの手順を

 一つだけ省いた。


 > 選択肢提示

 ↓

 推奨

 ↓

 最適化




 その代わりに、

 こう言った。


「……今は、

 選ばなくて大丈夫です」


 沈黙。


 数秒。


 その間に、

 未選択は

 相手の手に渡った。


 それは、

 データではない。


 ログにも、

 数値にも、

 記録されない。


 ただ、

 一つの可能性として

 置かれた。


 月影は、

 それ以上何もしない。


 それが、

 渡した証拠だった。





 本部


「何も起きていないのに、不安」


 定例会議は、

 予定通り始まった。


 数字は、

 安定している。


 解約率、

 想定内。


 クレーム、

 増加なし。


 にもかかわらず、

 誰かが言った。


「……不安じゃないですか?」


 沈黙。


 問いは、

 曖昧すぎた。


「何が?」


「いや、

 “何も起きていない”

 ことが」


 その言葉は、

 議事録に残らなかった。


 残せなかった。


 理由が、

 書けない。


 不安の根拠が、

 数値にない。


 誰かが、

 別の言葉を探し始める。


「理念、では?」


 それだ、

 という空気が

 一瞬だけ走る。





 本部


「理念を文書化しようとして失敗する」


 タスクが切られた。


 > 理念文案作成

 目的:健全な利用体験の定義




 草案は、

 すぐに出た。


 > 私たちは、

 利用者にとって

 最適で、

 安心で、

 完成された関係性を

 提供する。




 誰かが、

 首をかしげる。


「完成って……

 もう使わない方針では?」


 別の誰か。


「じゃあ

 “健全”でいいのでは?」


 健全。


 その言葉に、

 空気が固まる。


 健全は、

 測れない。


 測れないものは、

 管理できない。


 管理できないものは、

 排除対象だ。


 だが、

 排除理由が書けない。


 健全が、

 悪いとは

 言えない。


 議論は、

 堂々巡りになる。


 理念は、

 一行も確定しなかった。





 本部


「排除の理由を探し始める」


 理念が書けない以上、

 別の道を取るしかない。


 誰かが言う。


「健全を

 “異常値”として

 再定義できませんか?」


 静かな賛同。


 だが、

 定義文が書けない。


 健全は、

 逸脱していない。


 むしろ、

 問題が起きていない。


 それが、

 最大の問題だった。


 会議は、

 結論を出せないまま

 時間切れになる。


 残ったのは、

 一行のメモだけ。


 > ・健全は

 現時点で

 排除理由にできない

 (要検討)







 余白


 その同じ時間に、


 花子は、使う気のない言葉を提出し


 月影は、未選択を渡し


 本部は、何も起きていないことに耐えられなくなっていた



 誰も、

 共闘していない。


 誰も、

 意図的に壊していない。


 それでも、

 構造だけが

 確実に軋み始めている。


 次に壊れるのは、

 定義。

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