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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
58/84

Footprints―それぞれの足跡。互いに触れ合うが、決して合流しない配置

 Ⅰ|月影


「止められなかった案件」


 月影真佐男は、

 その資料を見た瞬間に、

 思い出してしまった。


 あのときも、

 数字はきれいだった。


「異常なし」

「利用者満足度:高」

「運用継続」


 書類の並びが、

 今とほとんど同じだった。


 当時の彼は、

 ただの中間担当だった。

 判断権はなく、

 異議は「記録」だけに残した。


 > ※補足意見:

 利用者の沈黙が

 必ずしも安定を意味しない可能性あり




 それだけ。


 誰も拾わなかった。

 誰も反論しなかった。


 半年後、

 静かに人が消えた。


 退職でも、解約でもない。

「連絡が取れなくなった」


 その言葉で、

 すべてが終わった。


 月影は、

 あのとき初めて知った。


 止められなかった案件は、

 必ず“再利用”される。


 名前を変えて。

 言葉を整えて。

 数字を磨いて。


 そして、

 自分が今回も、

 “止める側に立てていない”ことを。





 Ⅱ|月影


「知らされなかった理由」


 通知は来なかった。


 削除か、更新か。

 二択を突きつけられたはずなのに、

 月影の端末は沈黙している。


 不具合か?

 手続きミスか?


 彼は、

 別ルートで知った。


 偶然、

 共有フォルダのアクセスログを見てしまった。


 彼の案件だけ、

「判断保留」ではなく、


 > 観測継続(通知不要)




 と記されていた。


 理由欄には、

 一行。


 > 当人が

「選ばない」行動を

 繰り返しているため




 月影は、

 そこで理解した。


 知らされなかったのではない。

 知らせる必要がない存在に

 分類されたのだ。


 削除も、更新も、

 対象外。


 判断されないことそのものが、

 処理だった。


 彼は、

 端末を閉じた。


 絶望はなかった。

 ただ、

 深い空白が残った。






 Ⅲ|花子


「言葉にしなかった違和感」


 それは、

 元・利用者の彼女の一言だった。


「私、

 別に嫌じゃなかったんです」


 昼下がりのカフェ。

 偶然、同じテーブル。


「でも、

 “私が返事をしないこと”を

 前提にされてる感じがして」


 花子は、

 カップを持つ手を止めた。


「……それ、どういう」


 彼女は、

 少し考えてから答えた。


「連絡しなくても、

 相手は変わらない。

 でも、

 変わらないことが、

 私の責任みたいで」


 生活は、普通だった。


 洗濯をして、

 コンビニで総菜を買い、

 夜は動画を流しながら寝落ちする。


 ただ、

 通知が来るたび、

 返さない自分を意識させられる。


 急かされていないのに、

 休めない。


 その感覚を、

 彼女は「違和感」と呼ばなかった。


「私がだらしないだけ」

「サービスは良いし」


 そう言って、

 解約した。


 名前を交換するのは、

 その別れ際だった。


「花子さん、ですよね」

「……はい」


 それだけ。


 共闘しない。

 相談もしない。


 だが花子は、

 初めて、自分の中の沈黙に

 名前がつく感覚を覚えた。






 Ⅳ|津川


「正しくない決断」


 津川は、

 最終判断の場で、

 資料を閉じた。


「官僚として言えば、

 続行です」


 そう前置きしてから、

 続けた。


「でも、

 人としては、

 止めます」


 場が凍った。


 葉芹が、

 困惑した顔で津川を見る。


「……え?」

「私、悪いことしてます?」


 津川は、

 首を横に振った。


「してない」

「あなたは、

 正しい紹介者です」


 だからこそ、

 厄介だった。


「善意が、

 構造を隠すことがある」


 葉芹は、

 言葉を失った。


「だって……

 喜んでる人も、いるのに」


「います」


 津川は、

 はっきり答えた。


「だから止めるんです」


 声を荒げない。

 数字も出さない。


 ただ、

 過去に止められなかった記憶だけを、

 胸に置いて。


「これは、

 “問題が起きてから”では遅い」


 津川は、

 官僚としては間違った。

 だが、

 もう一度同じ後悔を

 選ばなかった。


 葉芹は、

 しばらく黙ってから言った。


「……私、

 何を信じればいいんでしょう」


 津川は答えない。


 答えがないことを、

 彼女も、

 初めて知ったからだ。





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