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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
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Moving―花子の違和感・葉芹の善意・津川の「待った!」

「言葉になる前」


 1|花子


 ハヤトとのやり取りは、

 終始、問題がなかった。


 返信は早すぎず、遅すぎず。

 敬語は柔らかく、距離は一定。

 褒めすぎない。

 踏み込まない。


「大丈夫な人だな」


 花子は、そう判断した。


 だから、違和感が出た瞬間も、

 それを違和感だと認識しなかった。


 ――どうして、

 私の返事を待ってるんだろう。


 ハヤトは急かさない。

 だが、待つ姿勢そのものが、

 花子には少しだけ重かった。


「いつでも大丈夫ですよ」

「花子さんのペースで」


 正解の言葉。

 正解すぎる言葉。


 花子は、返信文を打ちかけて、消す。


 何が嫌なのか、分からない。

 断る理由も、ない。


 だから彼女は、

 その違和感をなかったことにした。


「私が過敏なだけ」

「いいサービスなんだし」


 そうやって、

 言葉になる前で、

 感覚をしまい込んだ。





 2|葉芹(現在)


 上川葉芹は、今日も誰かに紹介している。


「安心だよ~」

「変なことないし」

「むしろ生活整う感じ?」


 彼女は、嘘をついていない。


 実際、彼女の家庭は円満だ。

 夫も穏やかで、

 あのサービスを「外部の調整役」程度に認識している。


「頼れる人が増えた」

 ただそれだけ。


 だから葉芹は、

 紹介をやめる理由がない。


 困ってる人がいる。

 良い選択肢を知っている。

 勧める。


 それだけの話だ。


 彼女は、

 拒否した人の沈黙を知らない。


「誘われたくない」

「でも気になる」


 その間に落ちるものが、

 何なのかを、

 想像したことがない。


 葉芹は、今日も善意だ。





 3|津川


「……すみません」


 津川進は、会議室で手を挙げた。


 資料上は、

 このプランは問題ない。


 利用者満足度、

 再契約率、

 クレーム件数。


 どれも優秀だ。


「一点だけ、確認させてください」


 上司でもなく、

 官僚としてでもなく、

 一利用者としての声だった。


「このサービス、

 “違和感を言語化できなかった人”

 についてのデータ、ありますか?」


 場が、少し静まる。


「明確な不満が出ていない以上――」


 津川は、首を振った。


「出ないんです」

「だから、数字に出ない」


 彼は、別の記憶を思い出していた。


 あの案件では、

 誰も抗議しなかった。


 ただ、

 静かに距離を失っていった人がいた。


「これは、

 問題が起きる前に止める類の仕組みです」


 誰かが笑った。


「津川さん、それは感想では?」


「はい」


 津川は、認めた。


「一利用者の、感想です」


 官僚としては、弱い。

 だが、人間としては、

 これ以上ない根拠だった。


「だからこそ、

 拡大には待ったをかけたい」


 彼は、資料を閉じた。


「過去に、

 “問題がなかったから通した案件”

 それで、後から取り返しがつかなくなったことがある」


 名前は出さない。

 数字も出さない。


 それでも、

 津川の声には、

 確かな重さがあった。





 花子は、まだ言葉を持っていない。

 葉芹は、今日も善意だ。

 津川は、立場を越えて止めようとしている。


 誰も悪くない。


 だからこそ、

 この仕組みは、

 いちばん厄介だった。




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