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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
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「あのとき、止めていれば……」/週1デートプランの予想外な活用ケース(月影が振り返る)

「紹介」


 月影真佐男が、その案件を思い出すとき、

 いつも最初に浮かぶのは資料ではなかった。


 契約者宅の室内に取り付けられたカメラ越しに見た

 笑顔だった。


「問題ありませんよ」

「満足度も高いですし」

 そう言っていた、関係者たちの、

 どこか軽やかな表情。


 ――あれは、止められなかった案件だ。





 当時、花子はまだ制度の外にいた。


 テック系別企業に勤める友人、

 上川葉芹かみかわ・ぱせりとは、

 仕事の愚痴を言い合う程度の関係だった。


 葉芹は四十五歳。

 童顔で、既婚者で、

「困ってる感」がまるでない人だった。


 ある日、花子はふと思い出したように訊いた。


「ねえ、最近ちょっと話題の……

【溺愛プラン】って、使ったことある?」


 葉芹は、即答だった。


「あるよ~!

 ライトの、週一デートのやつ!」


 花子が想像していた反応と、違った。


「え、どうだった?」


「楽しかったよ~☆

 この前なんて、夫も一緒に三人で

 うちのダイニングでご飯食べたんだよ」


 あまりに自然な言い方だった。


「ほら、第三者がいると安心でしょ?」

「変な空気にもならないし」


 葉芹は笑いながら、こう続けた。


「花子も今度誘っていい?」


 その瞬間、花子の胸に、

 はっきりとした拒否が浮かんだ。


 ――それは、ちがう。

 ――そこまでは、踏み込みたくない。


「……あ、誘われるのはちょっと」


 言い淀みながらも、花子はそう答えた。


 だが、間を置いて、付け足した。


「でも、サービスそのものは気になるから」

「よかったら、紹介だけして」


 葉芹は少し驚いた顔をして、

 それから、いつもの調子で頷いた。


「いいよ~!

 合いそうな人、聞いてみるね☆」





 それが、ハヤトだった。


 プロフィールは整っていた。

 言葉遣いも丁寧で、

「踏み込まない距離感」を心得ていた。


 花子は安心した。


 誘われなかった。

 踏み越えられなかった。

 だからこれは、安全だと思った。


 ただの紹介。

 ただの選択。


 そのはずだった。





 月影は、当時の承認フローを思い出す。


 利用者は満足している。

 第三者も同席。

 問題行動なし。


「健全な拡張例」として、

 報告書にはそう書かれていた。


 だが今なら、分かる。


 あれは――

 入り口だった。


 拒否した人間ほど、

「自分で選んだ」と信じる構造。


 誘われなかったから大丈夫だと、

 安心して踏み出す最初の一歩。


 月影は、そこで止めるべきだった。


 だが止めなかった。

 正確には、止められなかった。


 誰も困っていなかったからだ。





 資料を閉じて、月影は小さく息を吐く。


 救われたわけでもない。

 縛られたわけでもない。


 ただ、

「気になるから紹介して」

 その一言から始まった連鎖。


 彼はようやく、

 自分が見逃していたものの正体を掴みかけていた。


 制度は、

 拒否の隙間から入ってくる。


 それが、

 あの案件が止められなかった理由だった。





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