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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
54/86

「変わらないってことが、 変化です」―チャラい経産ヤローから

「手が足りない」


 1


 津川進は、

 経産省の廊下で、上司の背中を見ながら思っていた。


(この人、

 誰にも甘えられないタイプだな)


 小野丈志、四十九歳。

 叩き上げ。

 根回しも調整も全部自分でやる。

 部下に振らない。

 家でも職場でも、同じ調子だと津川は踏んでいた。


「小野さん」


「何だ」


「……私生活の話、

 ちょっとだけしてもいいですか」


 小野は、

 怪訝な顔をした。





 2


 喫煙所のない庁舎で、

 自販機の前。


「“下僕プラン”って、

 知ってます?」


「……何だそれは」


 津川は、

 営業マン時代の口調に戻る。


「判断を肩代わりしない。

 感情も預からない。

 言われたことしかやらない」


「要するに?」


「失敗しないための余白です」


 小野は黙った。


 津川は続ける。


「小野さん、

 失敗できないでしょ」


 それが、

 決定打だった。





 3


 契約は、

 想像以上にあっさり進んだ。


 小野は、

 半信半疑で言った。


「……これで、

 何が変わる」


 津川は肩をすくめる。


「多分、

 何も変わらないです」


「?」


「変わらないってことが、

 変化です」





 4


 最初の問い合わせ。


 > 最近、

 生活が静かすぎる気がする


 これは正常か?




 返答は、

 淡々としていた。


 > 契約上、

 感情的充足は

 提供対象外です


 ご不安がある場合、

 プラン再確認をおすすめします




 署名はなかった。


 小野は、

 なぜか安心した。


(……誰にも、

 期待されてない)





 5


 二度目のやり取り。


 > 私が

 間違った判断をした場合、

 指摘はされるのか




 返答。


 > 判断の評価は行いません


 間違いかどうかは

 ご自身で

 定義してください




 小野は、

 机に肘をついた。


(……これは)


(優しさじゃない)





 6


 そのやり取りを、

 津川は横で見ていた。


「どうです?」


 小野は、

 少し考えてから言った。


「……

 “壊れない”な」


 津川は、

 それを褒め言葉だと理解した。





 7


 数週間後。


 省内の雑談で、

 名前が出た。


「最近、

 妙に落ち着いてません?」


「ああ、

 小野さんな」


 誰かが笑う。


「人に当たらなくなった」


「怒鳴らなくなった」


「でも、

 仕事は減ってない」


 それは、

 奇妙な変化だった。





 8


 夏井豊は、

 資料を読みながら眉を上げた。


「……このサービス、

 官僚が使ってるのか」


 秘書官が言う。


「一部ですが」


 夏井は、

 ゆっくり息を吐いた。


「すぐ導入したいのは

 山々ですが……」


 苦笑。


「なにせ、

 先行事例が足りなすぎて」


 ページをめくる。


 > 判断を奪わない

 完成を目標にしない




 夏井は、

 小さく呟いた。


「……

 任務に関する作業量はずっと多いのに、

 ヤバいなぁ」


 先行事例少ない。

 作業量多い。


 それが、

 一番怖い。





 9


 夜。


 小野は、

 下僕に言った。


「今日は、

 ここまででいい」


「はい」


「……ありがとう、は?」


「不要です」


 小野は、

 少しだけ笑った。





 10|静かな接続


 津川は、

 スマホのメモに書く。


 > 個人向けサービス

 ↓

 “失敗できない人間”の

 緩衝材

 ↓

 制度に吸収される可能性あり




 それが、

 YONAOSHI初期の

 一番小さな芽だった。


 誰も、

 革命だとは呼ばない。


 ただ、

 壊れなかった。


 それだけだった。

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