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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第4部 一歩踏み込む
53/87

「転職」―壊れた経験が、そのまま制度の一部になる

 元・溺愛プラン利用者が制度側に回る回


 ――「分かってしまった人間」


 1|彼女は、もう利用者ではない


 彼女は三十二歳だった。


 名前は出さない。

 出す必要がない。


 溺愛プランを、

 二年半使っていた。


 ・先回り

 ・肯定

 ・感情の代替

 ・怒りの吸収


 完璧だった。


 だから、

 終わったとき――

 自分の感情が残っていなかった。


 泣けなかった。

 怒れなかった。

「嫌」が分からなかった。


 それを、

 “回復”とは呼ばなかった。


 ただ、

 生活に戻った。



 ---


 2|声がかかる


 ある日、

 運営から連絡が来た。


 > 元利用者向け

 業務補助募集




 内容は、

 あまりに事務的だった。


 ・契約文言のチェック

 ・ユーザー問い合わせ一次対応

 ・感情的判断不要


 彼女は、

 笑ってしまった。


(判断、

 要らないんだ)


 応募した。



 ---


 3|最初の仕事


 彼女の仕事は、

 “読み取らないこと”だった。


 問い合わせ文。


 > 「彼が、

 最近少し冷たい気がします」




 彼女は、

 こう返す。


 > ご契約内容に

 変更はありません


 ご不安がある場合、

 プラン再確認をおすすめします




 それ以上、

 何も付け足さない。


 同情しない。

 煽らない。

 安心も与えない。


 それが、

 一番安全だと

 彼女は知っていた。



 ---


 4|同僚の違和感


 ある日、

 新人が言った。


「冷たくないですか?」


 彼女は答える。


「冷たい方が、

 壊れない」


 新人は黙った。


 彼女は、

 自分が

 “どちら側にも立っていない”

 ことを自覚する。



 ---


 5|制度側にいる理由


 彼女は、

 制度を信じていない。


 でも、

 人が壊れる瞬間の手触りを

 知っている。


 ・肯定が多すぎる

 ・理解が早すぎる

 ・完成を急がされる


 それを、

 一番早く察知できるのは、

 壊れたことのある人間だった。


 彼女は、

 警告を上げる。


 > この文言は

 依存誘発率が高い




 > このオプションは

 終了条件が曖昧




 それは、

 評価されない。


 でも、

 消されない。



 ---


 6|YONAOSHIへの接続


 数年後。


 制度が変わる。


 名前も変わる。

 理念も変わる。


 彼女は、

 その初期設計に

 “外部協力者”として入る。


 誰も、

 彼女の過去を聞かない。


 彼女も、

 語らない。


 ただ、

 設計書の片隅に

 こう書く。


 > ・完成を

 ゴールにしない


 ・支援は

 判断を奪わない




 それは、

 彼女自身への

 遅すぎた契約解除だった。



 ---


 7|最後に一行


 彼女は、

 誰も救っていない。


 でも、

 誰も壊さない場所を

 少しだけ広げた。


 それで十分だと、

 知っていた。

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