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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第3部 効率か心か
47/86

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 6章|月影


「選択肢に触れない」





 通知は、

 来なかった。


 削除も、

 更新も。


 月影真佐男は、

 その事実を

 もう確認しなくなっていた。





 1


 業務端末には、

 いつも通り

 選択肢が並ぶ。


 推奨A


 推奨B



 どちらも、

 正しい。


 どちらを選んでも、

 成果は出る。





 2


 月影は、

 画面を見たまま

 指を動かさない。


 迷っているわけではない。


 触れない。





 3


 通常なら、

 選択が行われない場合、

 システムが介入する。


 だが、

 今日は来ない。


 判断不能が、

 処理待ちのまま

 積まれている。





 4


 月影は、

 その空白を

 初めて

 “使える”と感じた。





 5


 三十秒。


 ログ上では、

「遅延」に該当する。


 だが、

 成果には影響しない。





 6


 月影は、

 端末から

 視線を外す。


 室内の音が、

 少しだけ

 はっきり聞こえる。


 空調。

 遠くの話し声。

 自分の呼吸。





 7


 再び画面を見る。


 選択肢は、

 まだある。


 消えていない。





 8


 月影は、

 入力欄に

 一文字も打たず、

 確定キーも押さず、


 業務を次に進めた。





 9


 システムは、

「未選択」のまま

 処理を続行した。


 想定外だが、

 禁止されていない。





 10


 月影は、

 わずかに

 胸が軽くなるのを感じる。


 達成感ではない。


 確認だ。





 11


「……選ばなくても、

 動く」


 誰に言うでもなく、

 月影は思った。





 12


 次の業務でも、

 同じことをする。


 選択肢を見る。

 触れない。

 進める。





 13


 ログには、

 こう記録される。


 > 処理実行

 選択入力:なし




 エラーは、出ない。





 14(小さな歪み)


 本部側では、

 このログが

 後に問題視される。


 だが、

 この時点では、


 > 成果が出ているため、

 緊急対応不要




 と判断された。





 15(締め)


 月影は、

 初めて

 自分の中で

 言葉を持った。


 > 選ばない、

 という選択は

 用意されていない。




 だからこそ、

 削除も更新も

 届かない。


 月影は、

 その隙間に

 立ったまま、

 動き続ける。








 第X+3章|未選択ログ


 00:17 本部・監視フロア


 ――内部通知ログ抜粋――


 > 異常候補検知:行動未確定状態の持続

 対象ID:α-7

 状態:

 ・選択肢提示回数:規定値到達

 ・意思決定ログ:未生成

 ・回避・拒否・遅延、いずれにも該当せず


 暫定定義:

「未選択」=システム外挙動の可能性




 フロアは静かだった。

 騒がしいアラート音も、赤色の点滅もない。ただ、定義文だけが先に走っている。


「……“未選択”を異常にするのか?」


 誰かが呟いたが、返事はなかった。

 判断はいつも、声が出ない場所で決まる。





 00:17 佐伯・分析室


 〈同時刻・別画面〉


 佐伯はその定義文を、個人端末で読んでいた。

 読み終えた瞬間、眉がわずかに動く。


「それは……違う」


 彼は即座に数値を呼び出す。

 α-7の行動履歴、反応速度、閲覧ログ、選択肢表示後の視線移動。


「未選択は、ゼロじゃない」


 独り言のように言いながら、グラフを重ねていく。


 > ・選択肢A/B/C表示後の平均滞留時間

 ・過去の“拒否”行動との差分

 ・判断遅延群とのクラスタ距離




「判断していない、ではなく

 判断“以外”を選んでいる」


 佐伯はレポート欄に、静かに書き込む。


 > 未選択状態は

 ・回避

 ・拒否

 ・保留

 のいずれにも一致しないが、

 情報探索および内部整合の継続状態として数値的に説明可能。


 異常定義は時期尚早。




 送信ボタンを押す指が、一瞬だけ止まった。


「……これ、擁護になるな」


 それでも、送った。





 00:18 花子・契約管理端末


 花子は、そのレポートを一読で理解した。


 理由は単純だった。

 彼女は“数字の外に落ちた案件”を、何百件も見てきたから。


「これ……削除判断が来ない理由、そのままだわ」


 画面の隅に、ハヤトの契約情報が表示されている。

 更新は、三ヶ月前で止まっている。


「更新されなくなっても、契約は続いてる。

 なのに“無反応=異常”にはしてない」


 花子はため息をつき、メモを残す。


 > α-7は

 “何もしない”をしているのではなく、

 “選ばない”を維持している。


 それは、規約外だが

 直ちに違反ではない。




 そして小さく付け足した。


「……嫌な例外だけど」






 00:19 月影・現場ログ


 月影は、削除判断が来ない理由が分からなかった。


 選択肢は、確かに提示されていた。

 期限も、警告も、すべて揃っている。


 それでも、何も起きない。


「……来ないな」


 彼女は、選ばなかった。

 意図的に。


 逃げたわけでも、拒否したわけでもない。

 ただ、選択という形式を取らなかった。


(この隙間……)


 月影は気づいていた。

 ここに、システムの定義が追いついていない。


(誰かが“異常”にする前に)


 彼女は、選ばない選択を実行し続けた。





 00:21 本部・再定義会議(非公式)


 > 提案:

「未選択」状態を

 “判断不能”ではなく

 “判断拒否の亜種”として再分類




 そのログを、佐伯が見ている。


「……違うって言ってるだろ」


 彼は、数値をもう一度貼り付ける。


 > 判断拒否群との相関:低

 行動予測誤差:許容範囲内


 異常ではない。

 扱いにくいだけだ。




 その瞬間、佐伯は理解した。


 ――本部は、破綻している。

 測れないものを、異常にしたがっている。





 00:22 ログ末尾


 > ※注記(花子):

 この状態を異常と定義した場合、

 “更新されなくなっても契約している”

 すべての案件が連鎖的に不整合を起こす。


 処理不能。







 月影の画面には、まだ選択肢が表示されている。

 佐伯の画面には、数字が並び続けている。

 本部の画面には、定義だけが先に進んでいる。


 そして、誰も気づかないまま――

「未選択」は、正式な名前を持たないまま残った。

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