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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第3部 効率か心か
45/84

なおも着々と

 A2|月影


「来ない通知」




 月影真佐男は、

 その日も端末を確認してから業務に入った。


 更新通知は、来ていない。

 削除通知も、来ていない。


 それ自体は、

 珍しいことではない。


 だが――

 来るはずのものが、来ていない

 という感覚が、

 消えなかった。





 1


 月影は、

 自分のログを見返す。


 応答:基準内


 成果:上昇


 クレーム:なし



 異常はない。


 異常がないなら、

 削除されない。


 更新は、

 もう済んでいる。


 理屈は、

 完璧だ。





 2


 それでも月影は、

 待っている。


 何を、とは

 自分でも分からない。


 ただ――

 判断が下る瞬間を。





 3


 通知は、

 いつも唐突に来る。


 理由も、

 前触れもなく。


 だから月影は、

 それが来ない状態を

 うまく扱えない。





 4


 業務中、

 月影は

 一つの応答を

 0.4秒、遅らせた。


 意図はない。

 迷いもない。


 ただ、

 返してもいいが、

 返さなくてもいい

 という感覚が

 一瞬、浮かんだだけだ。





 5


 送信。


 ログ上、

 問題はない。


 だが月影は、

 送信後に

 わずかに胸が重くなる。


「……まだ、来ない」





 6


 月影は考える。


 削除されない理由を。


 成果が出ている


 異常定義が曖昧


 本部が迷っている



 どれも、

 推測にすぎない。


 確かなのは、

 一つだけだ。


 > 判断されていない状態が、

 続いている。







 7(小さな裂け目)


 月影は、

 初めてこう思う。


「……判断されない、

 という状態は

 存在するのだろうか」


 この問いは、

 業務マニュアルに

 存在しない。





 B2|佐伯


「戻してしまう」



 ---


 佐伯は、

 削除されたはずの

 指標を見ていた。


 α-7。


 正確には、

 見えてはいけない場所に

 一瞬、表示された。





 1


 システム更新の際、

 古いテンプレートが

 誤って呼び出された。


 よくあるミスだ。


 だが佐伯は、

 そこで手を止めた。





 2


 α-7 の値は、

 以前よりも

 安定していた。


 成果と乖離せず、

 しかし意味だけが

 増えている。





 3


「……変だな」


 佐伯は、

 誰にも聞かせない声で

 呟いた。





 4


 本来なら、

 すぐに閉じるべきだった。


 参照禁止。

 使用禁止。

 評価反映禁止。


 だが佐伯は、

 保存を押してしまう。





 5


 理由は、

 説明できない。


 ただ、

 こう思った。


「消したら、

 何も説明できなくなる」





 6


 佐伯は、

 その数値を

 評価シートに

 反映しなかった。


 代わりに、

 個人メモに

 書き写した。





 7(決定的)


 > α-7

 =成果を壊さず、

 判断の余地を残す値




 書いた瞬間、

 佐伯は気づく。


 これは、

 定義してはいけない。





 8


 だが、

 書いてしまった。


 そして、

 保存してしまった。





 同時刻・交差


 月影は、

 判断されないまま

 待ち続けている。


 佐伯は、

 消されたはずの指標を

 戻してしまった。



 どちらも、

 意図的ではない。


 どちらも、

 正しい手順から

 ほんの一歩、

 外れただけだ。





 締め(構造)


 この時点で、

 本部はまだ知らない。


 削除判断が

 出せなくなっていること


 禁止指標が

 内部で再生成されたこと



 だが、

 次の定例会議で

 必ず気づく。


 > 「異常が増えているのに、

 成果が落ちていない」




 その瞬間、

 意味の排除は、

 自分たちを

 説明不能にする。

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