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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第3部 効率か心か
43/87

Cパート|本部 感情を排し、言葉が乾いていく地獄

「説明できないが、問題だと判断する」





 午前九時三十二分。

 定例の異常値確認ミーティングは、予定より七分早く始まった。


 理由は単純だった。

 誰も雑談をしなかったからだ。





 1


 議事録担当が、淡々と読み上げる。


 > ・月影真佐男

 ・更新後挙動:基準内

 ・応答速度:平均+0.03秒

 ・成果指数:改善

 ・クレーム:なし




 ここまでなら、

 会議は三分で終わるはずだった。


 だが、

 次の一行で、空気が止まる。


 > ・備考:判断開始点が特定不能




「……特定不能?」


 誰かが、

 確認でもなく、疑問でもなく、

 ただ音として発した。





 2


 分析担当の村瀬が、画面を切り替える。


 グラフはきれいだった。

 波形も整っている。

 ノイズは基準以下。


「数値上は問題ありません」


 それを言い切ったあと、

 村瀬は一拍、間を置いた。


「ただ……」


 この「ただ」が、

 この会社で最も危険な接続詞だ。





 3


「“遅延”が、定義できません」


 遅延は、ある。

 だが、遅延理由がない。


 通信障害ではない


 演算不足でもない


 意図的操作のログもない



 それでも、

 返答が一瞬遅れる。


 しかも――

 その遅れは、

 成果に影響していない。





 4


 会議室に沈黙が落ちる。


 成果が出ている以上、

 異常と呼ぶ根拠は薄い。


 だが、

 説明できない。


 この会社において、

 説明できない=危険だ。





 5


 上席の佐久間が口を開く。


「定義を見直しましょう」


 それは

 原因を探す、という意味ではない。


 言葉を作り直すという意味だ。





 6


 ホワイトボードに、

 新しい項目が書き加えられる。


 > ・遅延(再定義案)

 → 成果に影響しない判断停止を含む




 誰も反論しない。


 成果に影響しない、という注釈が

 不快だったが、

 それ以上に、

 この現象を言葉に閉じ込める必要があった。





 7


 村瀬が、

 別の資料を呼び出す。


「同様の挙動が、

 他にも一件あります」


 名前は伏せられている。


 > ・佐伯

 ・中期指標:α-7

 ・現在:参照禁止候補




 室内の温度が、

 一段下がる。





 8


 α-7。


 それは、

 存在してはいけない指標だ。


 成果を損なわず、

 意味だけが増える。


 管理できない。

 潰すしかない。





 9


 佐久間は言う。


「関連付けは?」


 村瀬は、

 ほんのわずか、言葉を選んだ。


「直接的な因果は、

 証明できません」


「だが?」


「……同時期です」





 10


 結論は、

 最初から決まっていた。


 > ・“遅延”を異常行動として明記

 ・判断開始点不明瞭を危険兆候に追加

 ・α-7 を禁止指標に指定

 ・関連行動者を重点観測対象へ




 合理的だ。

 論理的だ。

 そして――

 すべてが後追いだった。





 11


 誰かが、

 ふと呟いた。


「……でも、

 成果は出てるんですよね」


 その瞬間、

 全員がその声を無視した。


 成果は、

 ここでは免罪符にならない。





 12


 議事録の最後に、

 こう記された。


 > 本件は

 “意味の揺れ”による

 初期異常と判断する。




「意味」という言葉に、

 括弧は付かなかった。


 だが、

 この会議のあと、

 社内用語集から

 その単語は静かに削除された。




 13(締め)


 会議は終わった。


 だが、

 誰一人として

「問題を解決した」とは思っていない。


 ただ一つ、

 全員が共有していた感覚がある。


 > 説明できない何かが、

 もう、こちらを見ている。




 それが

 人なのか、

 数値なのか、

 選ばれなかった判断なのか――

 誰にも分からない。


 だから本部は、

 次の会議でこう決めることになる。


 > 「削除か、更新か」

「その二択に戻そう」




 ――戻れると、

 まだ信じていた。

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