Bパート|佐伯
B|佐伯
――禁止指標
画面が更新された瞬間、佐伯は違和感に気づいた。
数値が、ない。
正確には――
あるはずの場所が、空白になっている。
指標名:
(表示不可)
注記だけが残っていた。
> ※本指標は現在、
評価体系との整合性が確認できないため
表示を停止しています。
停止。
削除ではない。
だが、使用もできない。
佐伯はログを遡った。
昨日まで、確かに存在していた。
自分が追い続けていた数値。
上昇も下降もせず、
ただ揺れながら持続していた値。
成果が出ない、と言われたことはない。
成果が出た、と評価されたこともない。
だが――
その数値が消えた瞬間、
システムははっきりと反応を示した。
> 再計算中
再計算中
再計算中
別の指標が、過剰に補正され始める。
短期成果。
即時効率。
選択速度。
「……違うだろ」
声は、誰にも届かない。
佐伯自身にも、少し遅れて届いた。
画面の隅に、内部通達がポップアップする。
> 通達:評価指標運用指針の更新
・意味的揺れを含む中期指標は
組織判断を誤らせる可能性がある
・当該指標は、今後
“禁止指標”として取り扱う
禁止。
佐伯は、椅子にもたれかかった。
禁止語ではなく、禁止指標。
つまり――
見ること自体が誤りになる。
だが、佐伯は知っている。
この数値が、何を示していたかを。
それは、成功でも失敗でもない。
正解でも不正解でもない。
壊れなかった回数。
選ばなかった結果、残った関係。
遅れた判断が、間に合ってしまった事例。
数値は、それを黙って積み上げていた。
佐伯は、新しい評価シートを開いた。
必須入力欄が赤く点滅する。
> 禁止指標を参照した形跡があります
該当欄を修正してください
修正。
つまり、
なかったことにしろという意味だ。
佐伯は、一度だけ深呼吸をした。
そして、ログの奥に残っていた
ローカル保存のデータを開く。
禁止指標。
消された数値。
それを――
別の欄に、書き写した。
名称を変える。
定義を曖昧にする。
それでも、数値そのものは動かさない。
> 補足指標:α-7
(暫定)
システムは一瞬、沈黙した。
> 整合性チェック中
佐伯は、待った。
急がなかった。
> チェック完了
※参考値として記録します
通った。
正式評価には反映されない。
だが、消えなかった。
佐伯は、その画面を見つめながら思った。
これは擁護だ。
月影のためではない。
花子のためでもない。
自分が見てしまった数値を、
見なかったことにできなかっただけだ。
同時刻、別の画面で、
誰かが削除か更新かを迫られていることを、
佐伯はまだ知らない。
だが、
この数値が再び問題になることだけは、
確信していた。
それは、
禁止されるほど――
都合が悪かったのだから。




