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【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第3部 効率か心か
41/84

Bパート|佐伯

 B|佐伯


 ――禁止指標


 画面が更新された瞬間、佐伯は違和感に気づいた。


 数値が、ない。


 正確には――

 あるはずの場所が、空白になっている。


 指標名:

(表示不可)


 注記だけが残っていた。


 > ※本指標は現在、

 評価体系との整合性が確認できないため

 表示を停止しています。




 停止。


 削除ではない。

 だが、使用もできない。


 佐伯はログを遡った。

 昨日まで、確かに存在していた。

 自分が追い続けていた数値。

 上昇も下降もせず、

 ただ揺れながら持続していた値。


 成果が出ない、と言われたことはない。

 成果が出た、と評価されたこともない。


 だが――

 その数値が消えた瞬間、

 システムははっきりと反応を示した。


 > 再計算中

 再計算中

 再計算中




 別の指標が、過剰に補正され始める。

 短期成果。

 即時効率。

 選択速度。


「……違うだろ」


 声は、誰にも届かない。

 佐伯自身にも、少し遅れて届いた。




 画面の隅に、内部通達がポップアップする。


 > 通達:評価指標運用指針の更新

 ・意味的揺れを含む中期指標は

 組織判断を誤らせる可能性がある

 ・当該指標は、今後

 “禁止指標”として取り扱う




 禁止。


 佐伯は、椅子にもたれかかった。

 禁止語ではなく、禁止指標。

 つまり――

 見ること自体が誤りになる。


 だが、佐伯は知っている。

 この数値が、何を示していたかを。


 それは、成功でも失敗でもない。

 正解でも不正解でもない。


 壊れなかった回数。

 選ばなかった結果、残った関係。

 遅れた判断が、間に合ってしまった事例。


 数値は、それを黙って積み上げていた。




 佐伯は、新しい評価シートを開いた。


 必須入力欄が赤く点滅する。


 > 禁止指標を参照した形跡があります

 該当欄を修正してください




 修正。


 つまり、

 なかったことにしろという意味だ。


 佐伯は、一度だけ深呼吸をした。

 そして、ログの奥に残っていた

 ローカル保存のデータを開く。


 禁止指標。

 消された数値。


 それを――

 別の欄に、書き写した。


 名称を変える。

 定義を曖昧にする。

 それでも、数値そのものは動かさない。


 > 補足指標:α-7

(暫定)




 システムは一瞬、沈黙した。


 > 整合性チェック中




 佐伯は、待った。

 急がなかった。


 > チェック完了

 ※参考値として記録します




 通った。


 正式評価には反映されない。

 だが、消えなかった。




 佐伯は、その画面を見つめながら思った。


 これは擁護だ。

 月影のためではない。

 花子のためでもない。


 自分が見てしまった数値を、

 見なかったことにできなかっただけだ。


 同時刻、別の画面で、

 誰かが削除か更新かを迫られていることを、

 佐伯はまだ知らない。


 だが、

 この数値が再び問題になることだけは、

 確信していた。


 それは、

 禁止されるほど――

 都合が悪かったのだから。

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