【下僕プラン】このプレゼンで反撃
――干物女ふたり、倫理を捨てて勝ちに行く
1.赤西世律子は、酒と塩辛で生きている
赤西世律子は、
朝から喉が渇いていた。
水ではない。
酒だ。
冷蔵庫を開けると、
昨夜の残りの焼酎と、
福岡から取り寄せた塩辛がある。
朝から飲む気はない。
ただ確認した。
「……よし」
それだけで、
一日が始められる。
五十一歳。
離婚歴、複数。
子どもはいない。
化粧は嫌い。
ファンデが乾くと、
肌が引きつって仕事にならない。
努力で維持している美肌と、
どうしようもないダメンズ嗅覚。
天涯孤独。
投げやり。
でも――
数字だけは裏切らない。
赤西は、
本部資料の「花子ケース」を
無感情に読み終えた。
「……完成を逆用されたか」
笑わない。
怒らない。
ただ、判断する。
「これは“異物”じゃない。
顧客の進化だ」
2.中林路美は、倒れる直前までコードを書く
中林路美――
通称ロッちゃん。
二十九歳。
目の下に、
濃いクマ。
激務のせいだ。
寝ていない。
食べていない。
でも仕事は止めない。
「……花子ケース、
技術的には、
すごくきれいです」
会議室で、
路美はそう言った。
誰も反応しない。
彼女は慣れている。
顔のせいで、
言葉が軽く見られることに。
それでも、
信じることをやめられない。
祖母がそうだった。
母がそうだった。
「私の下僕にならないで」
――その言葉を、
路美はずっと覚えている。
だからこそ、
皮肉にも、
この企画に辿り着いた。
3.干物女ふたり、手を組む
赤西と路美が組んだのは、
偶然だった。
花子ケース検討会議。
誰もが黙る中で、
赤西だけが言った。
「これ、
下手に排除したら負ける」
路美が、
小さく頷いた。
「……なら、
排除しません」
赤西が眉を上げる。
「使う?」
「露骨に」
その瞬間、
二人の間に
合意が生まれた。
4.【下僕プラン】プレゼン
プレゼン資料は、
驚くほどシンプルだった。
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【下僕プラン】概要
感情提供:なし
溺愛表現:禁止
完成概念:不使用
役割:命令実行のみ
提供者は
人間 または
高度行動制御アンドロイド
「言われたことを、
ただこなす」
会議室が、
ざわつく。
役員:
それは……
関係性ではないのでは?
赤西が、
即答する。
「関係性を
求めない層が、
もう出てきてます」
路美が続ける。
「花子ケースは、
“完成”を嫌った。
でも、
支配を嫌ったわけではない」
静まり返る。
赤西:
完成って言葉は、
夢を売るための嘘。
路美:
下僕は、
嘘をつかない。
「……倫理は?」
誰かが聞く。
赤西は、
一瞬だけ考えた。
「売上に、
寄与します」
沈黙。
それなりに――
期待されてしまった。
5.会議後
会議が終わった瞬間、
路美は倒れた。
床に崩れ落ち、
誰かが叫ぶ。
救急搬送。
過労。
後日、
県友の春野里美から
即座に連絡が入る。
「医者、紹介する。
三上輝笑先生。
逃げ場、作りな」
路美は、
点滴を受けながら
天井を見た。
――私、
何やってるんだろ。
でも、
仕事は止まらない。
6.赤西世律子、独り飲み
その夜。
赤西は、
焼酎を飲みながら
塩辛をつつく。
「……下僕、か」
自嘲気味に呟く。
自分も、
誰かの下僕みたいな人生だった。
男に尽くし、
裏切られ、
一人で生き残った。
それでも、
仕事だけは
勝ちに行く。
「世界が悪いなら、
先に壊してやるだけ」
肌は乾燥している。
心も、
たぶん。
7.その裏で
同じ時期。
月影真佐男の名前が、
【下僕プラン】適性欄に
仮登録される。
野村花子は、
その事実を
まだ知らない。
世界は、
完成を捨て、
次の言葉を選び始めている。
それが
より正直で、
より残酷な言葉だと、
分かっていながら




