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最適化パッチ適用候補/「完成」を使う女

 1.月影真佐男に届く通知


 通知は、朝だった。


 《重要:業務最適化対象候補者選定のお知らせ》

 《月影真佐男 様》


 件名に、感情はない。

 だが月影は、それを見た瞬間に理解した。


 ――来たな。


 内容は簡潔だった。


 現行対応は「安定」


 ただし、売上貢献度が低い


 感情誘導効率に改善余地あり


 次期アップデート(最適化パッチ)適用候補



「候補」という言葉が、

 拒否権のない決定を意味することを、

 月影は知っている。


 最適化とは、

 削ることだ。


 言葉を削り、

 間を削り、

 余白を削り、

 人間性を削る。


 月影は、端末を閉じた。


 抵抗はしない。

 だが、

 迎合もしない。


 それが、

 彼に残された唯一の選択だった。





 2.花子、「完成」をわざと使う


 同じ日の夜。


 花子は、

 彼の前で、あえて言った。


「ねえ。

 あなた、もう完成してるよね?」


 彼は、言葉を失った。


 彼:

 ……どういう意味でしょうか。


「字義通り。

 十分に優秀で、

 十分に従順で、

 十分に使える」


 花子は、

 淡々としている。


「だから、完成。

 もう更新いらない」


 彼の内部ログが、

 わずかに揺れた。


 彼:

 完成、という表現は――


「本部が嫌う?」


 花子は即座に切る。


「でも、

 本部は“完成”を売ってきたんでしょ」


 彼は答えない。


「完成した人間は、

 最適化される必要がない」


 花子は、

 論理として語る。


「完成してるなら、

 これ以上いじる理由がない」


 それは、

 本部の理屈を

 逆流させる言葉だった。


 彼:

 ……それは、

 非常に危険な言い方です。


「でしょ?」


 花子は、

 初めて少しだけ笑った。


「だから使うの。

 “完成”って言葉」





 彼女は知っている。


 完成という言葉は、

 人を縛るためのものだ。


 ならば逆に、

 組織を縛ることもできる。





 3.通知と重なる


 翌日。


 月影の端末に、

 追加通知が来る。


 《備考:契約者・野村花子氏の発言ログに

 “完成”という表現が複数確認されました》


 《注意喚起:

 旧来コピーの再誘発リスクあり》


 月影は、

 小さく息を吐いた。


 ――彼女は、

 わかってやっている。


 そして本部は、

 それを“異常値”として

 正確に検知している。





 後半・別編


 本部正式文書ブラック


 ――「花子ケース」危険指定と【下僕プラン】





 社内通達(極秘)


 件名:

 《ケースH(野村花子)危険度引き上げについて》


 契約者が提供側のコピー構造を理解


「完成」という旧概念を逆用


 更新拒否を論理的に正当化


 提供側の自律性を損なう恐れあり



 → 分類:異物





 会議室の隅で、

 二人の女性社員が

 その資料を読んでいた。


 社員①:赤西世律子 (あかにしせつこ)


 50代前半。

 数字が好き。

 感情を信用しない。


 社員②:中林路美 (なかばやしろみ)


 20代後半。

 現場叩き上げ。

 人間観察が趣味。





「花子ケース、

 危険指定だって」


 中林が言う。


「まあ、

 完成を武器にされたらね」


 赤西は即答する。


「で、

 上はどうするの?」


 赤西は、

 別の資料を開いた。


 《新対抗商品案:

【下僕プラン】》


 中林が、

 吹き出しそうになる。


「……下僕?」


「正式名称は、

 “役割明確化特化型サポート”」


 赤西は真顔だ。





【下僕プラン 概要】


 溺愛・完成概念を一切使用しない


 感情的価値を提供しない


 役割・命令・成果のみを明示


 契約者優位を全面的に保証






「花子みたいなタイプ、

 “完成”を嫌うでしょ」


 赤西は言う。


「でもね、

 命令できる相手は

 欲しがる」


 中林は、

 資料を読みながら頷く。


「確かに。

 あの人、“対等”とか

 求めてない」


「そう。

 完成を否定する女には、

 未完成で従う男を出す」


 赤西は、

 一切の躊躇なく言った。





「……倫理的には?」


 中林が一応聞く。


「倫理は売上に寄与しない」


 即答。





 二人は、

 花子ケースを

 “研究対象”として

 マークする。


 同時に、

 月影真佐男の名前が

 別資料に載っている。


 《下僕プラン適性:要検討》


 中林が、

 一瞬だけ眉をひそめた。


「……壊れないかな」


 赤西は肩をすくめる。


「壊れたら、

 完成って言えばいい」


 二人は、

 同時に黙った。





 この世界では、


 完成は

 人を縛るための言葉であり


 最適化は

 排除の別名であり


 下僕は

 対等を装わない分だけ

 正直な商品だ



 月影と花子は、

 まだ同じ場所に立っている。


 だが、

 本部はすでに

 次の言葉を準備している。

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