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紙っペラ

 Ⅰ.月影真佐男



 最初に気づいたのは、

 通知の文面が「丁寧」になったことだった。


 《業務品質向上のためのヒアリングのお願い》

 《今後の最適化方針についての意見交換》


 月影真佐男は、

 その言葉を何度か読み返した。


 ――意見交換、ね。


 提供側に、

 意見など求められない。


 それは、

 “例外”を検出したときの

 定型文だ。





 面談はオンラインだった。


 画面の向こうに並ぶのは、

 顔のよい担当者たち。

 誰も敵意を見せない。


 担当A:

 最近、月影さんの契約者は

 解除後の生活が安定しているケースが多いですね。


 月影:

 そうですね。


 担当B:

 それは良いことです。

 ただ、更新率は平均以下です。


 月影:

 はい。


 担当A:

 そこで伺いたいのですが、

 “完成”について、どうお考えですか。


 月影は、

 少しだけ間を置いた。


「使わないほうが、

 長く続きます」


 それだけ言った。


 画面の向こうで、

 誰かが小さく頷き、

 誰かが、何も記録しない。





 数日後、

 内部ステータスが変わった。


 《観測レベル:通常 → 詳細》

 《行動パターン解析:有》


 月影は、

 それを淡々と受け取る。


 排除は、

 怒りや罰で行われない。


「最適化」という

 優しい言葉で包まれて、

 静かに行われる。





 月影は、

 それでも業務を続けた。


 契約者に期待を持たせず、

 完成を語らず、

 感情を奪わない。


 ――未完成のまま、

 生きていける人を

 増やす。


 それが、

 彼の選んだ仕事だった。


 観測されていることを、

 知りながら。





 Ⅱ.野村花子



 花子がその議事録を読んだのは、

 昼休みだった。


 政府機関の端末。

 たまたま開いた共有フォルダ。

「参考資料」とだけ書かれたPDF。


 《マーケティング用コピー再整理 議事録》


 花子は、

 コーヒーを飲みながら

 最初から最後まで読んだ。


 読み終えて、

 一言。


「……気持ち悪い」


 声は低く、

 感情は乗っていない。





 花子は、

 “完成”という言葉を

 最初から信用していなかった。


 完成した装置など、

 現場では存在しない。


 原子力関連の設備は、

 常に「未完成」として

 扱われる。


 想定外が起きる前提で、

 人が関わり続ける。


 完成だと宣言した瞬間、

 事故が始まる。


 それを、

 彼女は骨で知っている。





 議事録の中の

 この一文で、

 花子は確信した。


 > 「完成という言葉は、

 短期売上には有効。

 長期運営には、毒です」




「でしょうね」


 花子は、

 それだけ言ってPDFを閉じた。


 そして、

 一つだけ考える。


 ――これ、

 現場にいる“人”は

 守られてる?


 答えは、

 すぐに出た。


「守られてないな」





 その夜、

 花子は彼に言う。


「あなたの会社、

 “完成”って言葉を

 消したんだって?」


 彼:

 ……はい。


「正解」


 花子は即答した。


「完成した人間なんて、

 使い道ないもの」


 彼は、

 少しだけ戸惑う。


 彼:

 ……気持ち悪い、

 とは思いませんか。


 花子は、

 一瞬だけ考え、

 はっきり言った。


「思うよ。

 でも、それ以前に――」


 少し身を乗り出す。


「完成を信じてる組織は、

 だいたい人を壊す」





 花子は、

 議事録の存在を

 誰にも言わない。


 騒がない。

 告発しない。

 怒らない。


 代わりに、

 更新を拒否する。


「最適化、要らない」


 それだけだ。



        〜


 同じ時期。


 月影真佐男は、

 観測対象として

 静かに囲われ。


 野村花子は、

 外部から

 全体を見渡している。


 二人は、

 同じ議事録を知っている。


 だが、

 立っている場所が

 まったく違う。


 そして世界は、

 どちらの言葉にも

 まだ気づいていない。

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