真佐男と提供企業のブルース
Ⅰ.月影真佐男
――静かに抵抗する提供側から
月影真佐男は、自分が「提供側」であることを忘れないようにしていた。
忘れてしまう人が、思いのほか多いからだ。
制服に袖を通す。
ロマンスグレーは自然なものだが、あえて染め直してはいない。
若作りは、期待を煽る。
期待は、完成を呼ぶ。
月影はそれを避けた。
契約者・名取静との最後の面談から、しばらく経った頃。
月影の端末に、本部からの通知が届く。
《対応評価:良》
《感情介入レベル:低》
《契約継続率:平均以上》
優等生の通知だった。
だが、月影は画面を閉じる。
「……違う」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
本部が求めているのは、
「感情を削減した結果」ではない。
「結果として、完成に見える関係」だ。
だが名取静は、
完成しなかった。
そして、崩れもしなかった。
本部の評価軸から言えば、
あれは“失敗”に近い。
それなのに――
静の生活は、静かに前へ進んでいる。
月影は、その事実を
毎回、報告書から削った。
・依存度低下
・感情自立
・契約解除後も生活安定
それらは、
「売上に寄与しない情報」だった。
月影は知っている。
完成という言葉は、
便利だが、危険だ。
一度口にすれば、
契約者は考えることをやめる。
考えることをやめた人間は、
「更新」を選ぶ。
更新し続ける限り、
本部は儲かる。
だが、
人は完成しない。
月影は、ただ
それを黙って証明し続けている。
報告書の行間を削り、
言葉を使わず、
期待を煽らず。
静かに、
抵抗していた。
ある日、
本部の内部連絡網に、
短い一文が流れた。
《次回会議議題:コピー表現の統一について》
月影は、その文面を見て、
嫌な予感がした。
完成、という言葉が
また呼び戻される。
――そう思った。
だが、
その予感は、
別の形で的中する。
Ⅱ.本部議事録パロディ
――「完成」という言葉が消える“最後の社内事故”
議題:マーケティング用コピー再整理について
出席者:部長、副部長、企画、広報、法務、品質管理
部長:
では始めます。
最近、Topicsで「完成」という言葉が使われていない件について。
企画:
意図的です。
リスク管理の一環として、自然消滅させました。
副部長:
消した理由は?
企画:
一部契約者が、
「完成=思考停止」と受け取る傾向が確認されまして。
広報:
でも、成功例としては使いやすいですよね。
完成、って。
品質管理:
ええ。
ただ、解除後のクレームが増えました。
部長:
クレーム?
品質管理:
「完成したはずなのに、
何も残らなかった」という内容です。
(沈黙)
法務:
ちなみに、
“完成”は法的に定義できません。
副部長:
定義できない言葉を
成功コピーに使っていた?
企画:
はい。
部長:
……。
広報:
でも、
完成って言わないと、
夢が売れないんじゃ?
品質管理:
逆です。
今は、“完成しない安心”のほうが
更新率が安定しています。
副部長:
更新率?
品質管理:
低いですが、
解除後の炎上が起きません。
部長:
……つまり?
企画:
完成という言葉は、
短期売上には有効。
長期運営には、毒です。
(ここで、資料の一部が表示される)
《元契約者座談会② 抜粋》
「完成って言われた瞬間、
自分の感情を持つのが怖くなった」
「完成したはずなのに、
終わったら何もなかった」
「完成って、
誰のための言葉だったんでしょうね」
部長:
……これ、
公開されてる?
広報:
はい。
すでに引用されています。
法務:
消すなら、
“言葉そのもの”を消した方が安全です。
(短い沈黙)
部長:
では決定事項。
1. 「完成」という表現は、
今後すべての公式コピーから削除。
2. 過去記事は順次修正。
3. 成功例の再定義を行う。
副部長:
成功例って?
部長:
……未完成でも、
問題が起きなかったケース。
その瞬間、
「完成」という言葉は、
会社の中で死んだ。
誰も悲しまなかった。
誰も拍手もしなかった。
ただ、
売上会議の資料から、
静かに消えた。
月影真佐男は、
後日その議事録を読む。
そして、
何も言わない。
ただ一行、
自分の次の報告書から
「完成」という単語を
完全に削除した。
世界は、
それだけで少しだけ、
呼吸しやすくなった。




