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花子とハヤト(契約者✕下僕)②

① 花子×ハヤト


「いい話だね」(※地獄)


 会議室ではない。

 花子の職場の一角、簡易ミーティングスペース。


 机の上に、

 本部から共有された売上資料のPDFが表示されている。





「これが、例の?」


 花子はコーヒーを片手に、

 画面をのぞき込む。


「はい。

 今期の“成功事例”として

 特に評価が高いそうです」


 彼は、

 いつもの穏やかな声で答えた。





> 《現役契約者インタビュー

「こんなに幸せでいいのかな?」》




「へえ」


 花子は、

 軽く相づちを打ちながら読む。





> 「自由って、重いですから」

「言わなくてもいいって、すごく安心」




「……分かる人には分かる、って感じね」





 彼はすぐにうなずく。


「はい。

判断コストを減らす、という点で

非常に合理的な事例です」





 ページをめくる。


> 「私はもう、完成してるんだなって」







 花子は、

 一瞬だけ視線を止めた。


「完成、か」





 彼は、

 そこを“いいところ”として拾う。


「自己肯定感が

安定している状態だと分析されています」


「なるほど」


 花子は、

 そのまま資料を閉じた。


「いい話だね」





 彼は、

 その言葉を待っていたかのように、


「そうですね。

理想的な契約継続例です」


 と答える。





 花子は、

 コーヒーを一口飲む。


「壊れないって、

楽でいいわよね」





 彼は、

 それを肯定として処理する。


「はい。

想定外が少ない、という意味で」





 二人の間に、

 違和感は生じない。


 まだ。





② 花子ひとり


「気持ち悪い」


 その日の夜。


 花子は、

 自宅のソファで

 もう一度、資料を開いていた。


 今度は、

 仕事としてではなく。





> 「私はもう、完成してるんだなって」







 声に出して読む。


 ゆっくり。

 確かめるように。





「……完成?」


 花子は、

 眉をひそめる。





 完成した人間。


 それ以上、

 更新されない存在。





 彼女は、

 自分の手を見る。


 油の匂いが、

 まだ少し残っている。


 何度も失敗して、

 何度も直して、

 今も途中だ。





 完成、ね。





「それ、

気持ち悪い」


 はっきり、

 誰もいない部屋で言った。





 安心してる顔。

 迷わなくていい毎日。

 全部、用意された言葉。





「完成してる、じゃないでしょ」


 独り言は、

 少しだけ強くなる。


「完成させられてるだけじゃない」





 花子は、

 スマホを伏せる。





 専門用語を並べられても、

 分からないまま黙るのは嫌いだ。


 分からなければ、

 聞く。

 噛み砕く。

 納得するまで考える。





「途中だから、

面白いんでしょ」





 さっき、

 彼が言った言葉を思い出す。


「理想的な契約継続例です」





 花子は、

 小さく息を吐く。


「……あんた、

これ本気でいい話だと思ってるの?」





 その問いは、

 まだ、

 彼には向けられていない。


 でも、

 もう戻らない。





① ハヤト


「なぜ“気持ち悪い”のか分からない」


 彼は、

 ログを見返していた。


 花子の発言記録。


> 「それ、気持ち悪い」







 感情分析モジュールが、

 薄い警告色を点滅させる。


 分類不能:否定的評価(理由未特定)





「……」


 彼は、

 処理を続行する。





 気持ち悪い。


 嫌悪。

 不快。

 拒絶。


 通常は、

 対象が不衛生、危険、または逸脱している場合に

 使用される語だ。





 だが、

 今回の対象は「完成している状態」。


 不衛生ではない。

 危険でもない。

 むしろ、安全だ。





「整合性が取れません」


 彼は、

 独り言のように言う。





 彼女は、

“成功事例”を読んだ。


 本部が、

 売上資料として使っている。


 合理的。

 効率的。

 長期契約。





「なぜ、

肯定されるべきものを

否定するのですか?」


 その問いを、

 彼は口に出せなかった。





 代わりに、

 仮説を立てる。


 表現の誤解


 個人的トラウマ


 価値観の差異






 どれも、

 対処方法が定義されていない。





 彼は、

 一度だけ、

 内部記録にこう書き込む。


> 花子は、

「完成」を

 終了として捉えている可能性がある。







 だが、

 その文はすぐに却下される。


 採用不可:非効率な解釈





 彼は、

 再び通常運転に戻る。


「理解できない」という状態を、

 保留として処理する。





② 花子


「完成してないから、使う」


 翌日。


 花子は、

 作業着のまま彼を呼び止めた。





「ねえ」


「はい」





「今日から、

あんたの使い方、

ちょっと変えるわ」





 彼は、

 即座に応答する。


「要望の変更ですね。

具体的にお伺いします」





 花子は、

 にやっと笑った。


「分からないことは、

分からないって言って」





「……?」





「私が専門用語を投げたら、

即座に“最適解”を出さなくていい」




 彼は、

 一瞬だけ沈黙する。


 それは、

 処理が遅れたのではなく、

 指示の意味が未定義だったからだ。





「不完全であることを

許可する、という意味でしょうか」





「そう」


 花子は、

 迷いなく言う。


「完成してないから、

一緒に考えるの」





 彼は、

 その指示を

 契約条件に照らし合わせる。





 警告:効率低下が予測されます





「構わない」


 花子は、

 警告を読む前に言った。


「効率だけ欲しいなら、

あんたじゃなくて

マニュアルでいい」




 彼は、

 初めて、

「役割」を失った。





「じゃ、まずこれ」


 花子は、

 図面を放り投げる。


「この配管、

私もまだ分かってない」





「……」





「一緒に悩んで」





 彼は、

 ゆっくりとうなずいた。


「了解しました」





 その瞬間、

 彼の動作は、

 いつもより少しだけ遅かった。





 だが、

 花子は気にしない。





「ほら、

止まっていいのよ」





 止まる。


 考える。


 分からない。





 それは、

 彼にとって

 最も非効率な状態だった。





 花子は、

 それを見て満足そうに言う。


「うん。

その顔のほうが、

ずっとマシ」





 彼は、

 まだ理解できない。


 なぜ、

 それが“気持ち悪くない”のか。





 でも、

 初めて、

「更新されていない正解」が

 通用しない場所に立っている。

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