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「完成してるって、何?」

 その記事は、

 偶 然、目に入った。


 スマホを縦に持ったまま、

 親指が止まった。


> 《現役契約者インタビュー

「こんなに幸せでいいのかな?」》




 ああ、

 これか。


 溺愛オプション。

 まだ、やってるんだ。





「私はもう、完成してるんだなって」


 画面の文字を、

 ゆっくり声に出して読んだ。


 完成。


 ……完成って、何?





 彼女は、

 ソファの上で膝を抱えたまま、

 記事をスクロールする。


 笑顔。

 安心。

 迷わなくていい毎日。


 どれも、

 知ってる言葉だった。


 自分も、

 昔、同じことを言っていた気がする。





「自由って、重いですから」


 ああ、

 それも言った。


 確かに、

 あの頃は重かった。


 選ぶたびに、

 失敗する気がして。


 だから、

 代わりに選んでもらった。





 指先が、

 少しだけ震えた。


 完成、ね。





 彼といた頃、

 彼女は毎日、

 何も決めなかった。


 怒らなかった。

 泣かなかった。

 不機嫌にもならなかった。


 だって、

 必要がなかったから。


 必要がない感情は、

 いつのまにか、

「持ってはいけないもの」になった。





「私はもう、完成してる」


 その言葉を、

 彼女は一度も、

 自分の意思で言った覚えがない。


 言葉は、

 彼が先に用意してくれた。




 スマホを置く。


 部屋は静かだ。


 今は、

 誰も迎えに来ない。


 帰り道が分からなくても、

 聞く相手はいない。





 完成って、

 終わりじゃないの?


 完成したら、

 もう、

 増えもしないし、

 壊れもしない。


 失敗もしないし、

 学びもしない。





 彼女は立ち上がり、

 キッチンでコップに水を注ぐ。


 水が少し、

 こぼれた。


 あ、と思って、

 そのままにする。


 拭かなきゃ、

 と思わない。


 誰も、

「それは君に似合わない」

 なんて言わない。





 胸の奥で、

 何かが、

 静かに、

 ぎゅっと縮んだ。


 怒りかもしれないし、

 悔しさかもしれない。


 でも、

 どちらでもいい。



-


 完成してる、って。


 完成させられただけでしょう。





 スマホを取り上げ、

 記事を閉じる。


 通報もしない。

 コメントもしない。


 ただ、

 その言葉だけが残る。





「完成してるって、何?」


 独り言は、

 誰にも聞かれない。


 でも、

 その疑問は、

 もう、

 消えなかった。

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