初対面、安全すぎる男
インターホンが鳴った。
予定時刻、ぴったり。
「……時間守るんだ」
いや、守るだろ。仕事だし。
でもこの段階でもう、
元彼たちの平均値を軽く超えているのが悔しい。
私はドアスコープを覗いた。
そこにいたのは――
「……安全」
思わず声が出た。
背は高すぎず、低すぎず。
服は清潔だが主張がない。
髪はきちんと整っているのに、
“こだわり”を感じさせない。
危険そうな要素が、一個もない。
逆に怖い。
ドアを開けると、彼は一歩下がって頭を下げた。
「対面では初めまして、笹川迅翔です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
声も、ちょうどいい。
低すぎない。
張りすぎない。
感情が刺さらない。
私は反射的に言った。
「ササガワさん、よろしくお願いします。……なんか固いですね」
「はい。初期設定は“丁寧寄り”です」
設定。
もう一回言った、この人。
「どうぞ」
私が一歩退くと、
彼は靴を揃え、
揃えすぎなくらい揃えてから上がった。
几帳面というより、
模範解答。
「お飲み物、何がよろしいですか?」
「じゃあ、コーヒーで」
「かしこまりました。
カフェインの影響は大丈夫ですか?」
「……え?」
「動悸、睡眠、胃への刺激など」
「……大丈夫、です」
なんだこの問診。
私は自分の部屋なのに、
なぜか健康診断を受けている気分になった。
ソファに座ると、
彼はちゃんと斜めに座った。
近すぎない。
遠すぎない。
ソーシャルディスタンスの教科書に載りそうな角度。
「では、改めまして」
彼は微笑んだ。
歯の見え方まで計算された、
安心用の笑顔。
「レンタル新郎、笹川です。
本日より、契約期間中、
“夫相当”として対応いたします」
「……ちなみに」
我慢できずに聞いた。
「素のあなたって、どんな人なんですか?」
彼は、
一拍だけ考えたあと、答えた。
「そのご質問は、
オプション外になります」
「え」
「ご希望でしたら、
“個人的雑談”を追加できますが」
「いらないです」
即答した。
なんか、
知ったら戻れなくなりそうだった。
沈黙。
でも、
気まずくない沈黙。
気まずくならないように設計された沈黙。
「……安心、ですね」
私が言うと、
彼はすぐに頷いた。
「はい。
溺愛プランでは、
まず“安全”を最優先にしています」
そのとき私は、
なぜか笑ってしまった。
「ねえ」
「はい」
「危なくなること、ないんですか?」
彼は、
にこやかに答えた。
「ございません」
――その即答が、
今はただ、面白かった。




