《社内限定資料/回収注意》
溺愛オプション 元契約者座談会(非公開) 議事録抜粋
出席者:
A(30代女性・元会社員)
B(20代男性・元フリーター)
C(40代女性・元主婦)
司会:本部オペレーター(※感情抑制モード)
司会
本日は、溺愛オプション解約後のフィードバック収集にご協力いただきありがとうございます。
まず、契約時の満足度について――
A
満足?
ええ、最初は。
「今日も可愛いね」「無理しなくていいよ」「全部俺が守るから」
……あれ、守ってたの、私の生活圏ごとでしたけど。
B
俺は逆に、守られすぎて職歴が消えました。
「外は危険だよ」「君はそのままで価値がある」
で、3年。
気づいたら、社会が俺を忘れてた。
C
私はね、
「あなたは何もしなくていい」って言われて、
本当に何もしなくなったら、
「最近、輝きがないね」って。
司会
……輝き。
(※オペレーター、メモを取る)
司会
契約条項第12項「自立阻害は副作用であり、保証対象外」に関しては――
A
あの、それ、
契約書のいちばん下・極薄グレー文字ですよね?
B
しかもスクロールしないと出てこないやつ。
C
私は紙でしたけど、
老眼鏡かけたら心が折れる位置にありました。
司会
次に、解約理由を一言で。
A
「私が私じゃなくなったから」
B
「溺れてた」
C
「愛されすぎて、空気がなくなった」
(※沈黙 3秒)
司会
……貴重なご意見です。
A
ちなみに聞いていいですか。
司会
どうぞ。
A
これ、
次の契約者にも提供されてますよね?
司会
はい。
人気オプションですので。
B
……じゃあ、
失敗例として、俺らの話、使うんですよね?
司会
ええ。
「誤った使い方をすると、こうなります」という注意喚起に。
C
……誰が聞くんですか?
司会
だいたいの方は、
「自分は大丈夫」とおっしゃいます。
A
最後にひとつだけ。
司会
はい。
A
あの人、
今は誰を溺愛してるんですか?
司会
(間を置いて)
現在は――
複数名同時契約となっております。
B
効率化。
C
量産型。
A
……じゃあ、まあ。
(A、立ち上がる)
A
次は、溺れないようにします。
司会
本日はありがとうございました。
出口はこちらです。
※備考
・感情の残滓が強い参加者あり
・ただしクレームとしては成立せず
・次回キャンペーン文言案:
「愛される覚悟、ありますか?」
了解です。
では――
「溺愛オプション」現役契約者の“幸せ自慢インタビュー(全文嘘)”
※本部公式サイト掲載用/違和感だけが残るタイプのブラックコメディでいきます。
《公式掲載記事》
溺愛オプション利用者さまインタビュー
「こんなに幸せでいいのかな?」
インタビュアー(本部広報)
本日はありがとうございます。
さっそくですが、溺愛オプションを利用してみて、率直なご感想を。
契約者(30代・女性)
はい。
もう、本当に……
毎日が幸せです。
Q:具体的に、どんなところが幸せですか?
A:
えっと、
彼が全部決めてくれるところですね。
今日着る服も、食べるものも、会う人も。
迷わなくていいって、
こんなに楽なんだなって思いました。
Q:自由が減った、などと感じることは?
A:
いいえ、全然!
自由って、重いですから。
それに、
彼が「それは君に似合わない」って言うとき、
すごく大事にされてる感じがして。
Q:周囲の反応はいかがですか?
A:
友達とは、
自然に連絡取らなくなりました。
でも大丈夫です。
彼が「その子たち、君を利用してたよ」って。
……そう言われたら、
そうだった気がします。
Q:以前の自分と比べて、変わったところは?
A:
自分の意見を言わなくなりました。
でも、
言わなくてもいいって、
すごく安心なんですよ。
間違わなくて済むので。
Q:将来の不安はありませんか?
A:
ないです。
彼が
「一生守るから」って言ってくれるので。
もし、
その言葉がなくなったら……
(※ここで一瞬、間)
……あ、でも、
考えたことないです。
Q:溺愛オプションを検討中の方へメッセージを
A:
ええと……
おすすめ、です。
ちゃんと、
相手の言うことを聞ける人なら。
自分で考えたい人とか、
夢がある人には、
向かないかもしれません。
Q:最後に、今いちばん幸せを感じる瞬間は?
A:
彼が
「君は何もしなくていい」って言うとき。
ああ、
私はもう、完成してるんだなって。
編集後記(本部)
・終始笑顔
・否定的発言なし
・「不安」「孤独」という単語は使用されなかった
・非常に理想的な契約者像
※なお、インタビュー終了後、
契約者は「帰り道が分からないため」
迎えを要請。
了解。
温度ゼロ・倫理ゼロ・言語だけ丁寧なやつでいきます。
本部・改善会議(※改善する気ゼロ)
会議室の壁は白い。
白すぎて、何も映さない。
楕円形のテーブルの中央に、
「溺愛オプション 利用者満足度レポート(第3四半期)」
と書かれた紙束が置かれている。
部長(改善担当)
では、今期の「改善会議」を始めます。
例によって、
「改善点があれば洗い出す」という建付けですが……
(資料を一枚めくる)
結論から言いますと、
大きな問題は確認されていません。
若手社員
あの、
解約理由の欄に
「自分の感情が分からなくなった」
という記述がいくつか……
部長
はい、ありますね。
(ペンで丸をつける)
ただこれは、
サービスが正常に機能した結果とも言えます。
別の社員
えっ?
部長
感情の最適化が進むと、
主観的な揺らぎは減少します。
揺らぎを「喪失」と表現する契約者もいる、
というだけの話です。
課長
むしろ、
「感情が分からない=不安」という認識自体が
旧来型の価値観ですよね。
部長
その通りです。
(うなずく)
我々は
「安心を提供するサービス」を
提供しているのであって、
「感情体験」を保証しているわけではない。
若手社員
でも、
「自分で怒れなくなった」
「悲しんでいいのか分からない」
という声も……
部長
ええ、ええ。
(メモを取るふりをする)
それは今後、
FAQに追記しておきましょう。
課長
Q:感情が湧かなくなりました
A:仕様です
みたいな。
一同、軽く笑う。
部長
重要なのは、
クレームが「炎上」していないこと。
SNSで
「溺愛オプションは危険」
と拡散された形跡は?
社員
ありません。
そもそも、
解約者は発信意欲が極端に低下しています。
部長
素晴らしい。
改善会議は、
改善点が見つからなかったという結論で
30分早く終了した。
本部・売上会議
――成功事例として語られる「幸せ」
同じ会議室。
今度はプロジェクターがついている。
スクリーンに映るタイトル。
《現役契約者インタビュー:
「こんなに幸せでいいのかな?」》
営業部長
さて、
今期の売上報告に入る前に、
非常に出来のいい成功事例をご紹介します。
スクリーンに、
あのインタビュー記事の抜粋が映る。
> 「自由って、重いですから」
「言わなくてもいいって、すごく安心」
営業部長
この言葉、
いいですよね。
マーケ担当
刺さります。
特に30代後半~40代女性層。
営業部長
そう。
「自由がしんどい」と
自分で言えない人たちに、
代わりに言ってあげている。
別の幹部
このインタビュー、
全文掲載ですよね?
営業部長
もちろんです。
削る理由がない。
マーケ担当
むしろ、
「友人と連絡を取らなくなった」
あたり、
関係の最適化が分かりやすい。
営業部長
ええ。
孤立ではなく、
集中です。
別の幹部
解約率への影響は?
営業部長
ありません。
(即答)
このタイプの契約者は、
更新前に悩みません。
悩む前に、
彼が説明しますから。
一同、資料に目を落とす。
売上グラフは、
静かに、確実に、右肩上がりだ。
営業部長
このインタビュー、
次回の広告コピーにも使いましょう。
マーケ担当
どの一文を?
営業部長
ここです。
> 「私はもう、完成してるんだなって」
会議室に、
一瞬だけ沈黙が落ちる。
誰か
……強いですね。
営業部長
でしょう?
完成している人間は、
もう変わろうとしない。
変わらない人間は、
長期契約です。
売上会議は、
拍手もなく、
淡々と終了した。
スクリーンが消えたあとも、
「完成している」という言葉だけが、
白い壁に残っている気がした。




