花子とハヤト(契約者✕下僕)①
※ 第1部を読まれた方へ。お疲れさまでした。
こちらは物語のトーンが大幅に変わるので、この回から先は「プレーンタイプの溺愛展開」はありません。
「どうしても定番を読ませてくれ!」という方がいましたら、離脱することを推奨します。今までありがとうございました。
・引き続き読まれる方、ならびに、ここから読まれる方へ。
改めて、もしくは、これからよろしくお願いします。
2人のニュープラン
“あのとき”から数日後
彼は、
新しい場所にいた。
「野村花子です」
差し出された名刺には、
細かい肩書きが並んでいる。
原子力発電機
設計・保守
システム安全解析
「正直に言うね」
花子は言った。
「私は、
人に“分かってほしい”
タイプじゃない」
「はい」
「専門用語、
バンバン使う」
「はい」
「説明、
途中で端折る」
「はい」
「感情より、
正確さを優先する」
「承知しました」
花子は、
少しだけ笑った。
「じゃあ、これ」
タブレットを差し出す。
「一次冷却系の
冗長構成、
ざっくり説明して」
彼は、
一切ためらわなかった。
「主系統喪失時の
代替冷却ラインは
物理的にも論理的にも
分離されています」
花子の目が、
きらっと光る。
「いいね」
「“察し”とか
要らないから」
彼女は続けた。
「分からないなら
分からないって言う」
「はい」
「私が怒ってたら、
怒ってるって
そのまま扱う」
「はい」
花子は、
満足そうに頷いた。
「最高」
「あなた」
少し考えてから言う。
「下僕の才能あるわ」
「ありがとうございます」
彼は、
心からそう言った。
そこでは、
彼は完璧だった。
最適だった。
正しい場所に、
正しく収まっていた。
☆花子のプランニング
書いてもらう
いつもの業務
「仕様が明確で助かります」
「それでさ」
野村花子は、コーヒーを片手に言った。
「この非常用ディーゼル、
“絶対止まらない”って言い切る人が多いんだけど」
「はい」
「止まるからね」
「はい」
「止まる前提で
何重に逃がすかが
設計の腕だから」
「はい。
止まらない前提は
宗教です」
花子は、
一瞬だけ彼を見た。
「……最高」
彼は、
少しだけ姿勢を正した。
午前10時|資料地獄
「これ、
全部目通しといて」
花子は、
分厚い資料束を
無造作に置いた。
「専門用語多いけど、
質問は後で一括で」
「承知しました」
「分からなかったら
“分からない”って
正確に言って」
「はい」
三時間後。
「終わりました」
「え、早くない?」
「専門用語が
多かったので
楽でした」
「楽……?」
「感情的配慮が
不要なためです」
花子は、
笑いを堪えた。
「あなたさ」
「はい」
「ほんとに
察しないね」
「はい。
察すると
事故率が上がります」
「分かってる」
昼休み|雑談(定義あり)
「ところで」
花子は、
弁当を食べながら言った。
「前の契約者、
どんな人だったの?」
彼は、
一瞬だけ間を置いた。
「感情を
大切にする方でした」
「へえ」
「私は、
その支援が
得意でした」
「でも?」
「過剰でした」
花子は、
箸を止めた。
「それで
解除された?」
「はい」
「妥当」
即答。
「あなたは
悪くない」
「ありがとうございます」
「ただ」
花子は続ける。
「私は、
感情を
自分で管理するから」
「はい」
「代わりに」
「代わりに?」
「専門語と
命令には
全力で従って」
「喜んで」
即答。
午後3時|事件(小)
「ねえ」
花子が言った。
「今の説明、
分かりやすかった?」
「はい」
「どのレベルで?」
「大学院初年度
相当です」
「じゃあダメ」
「承知しました」
「高校生にも
分かるように
言い直して」
「はい」
「例えも入れて」
「はい」
「猫で」
「……はい」
五分後。
「この原子炉はですね」
「猫が三匹いて」
花子は、
腹を抱えて笑った。
「最高」
「あなた、
ほんとに
使いやすい」
「光栄です」
彼は、
心からそう思った。
退勤後
「今日どうだった?」
花子が聞く。
「非常に明確でした」
「それは良かった」
「感情の先回りが
不要で」
「うん」
「怒りも
沈黙も
仕様通りでした」
「でしょ」
「ここは、
私に向いています」
花子は、
少しだけ
真面目な顔になった。
「……そう」
「じゃあ、
明日もよろしく」
「はい」
彼は、
迷いなく答えた。
ここでは、
彼は“溺愛”しない。
その代わり、
正確に、
役に立っている。
それで十分だった。
花子視点
「仕様が合う、という幸福」
私は、
感情を信用していない。
1977年8月24日生まれ。
山形県の、南のほう。
雪は重く、
人の距離は近い。
あそこで学んだのは、
曖昧にすると事故るということだった。
大学進学で上京した。
機械工学を選んだのは、
気持ちよりも
数字の方が裏切らないから。
壊れるなら、
理由がある。
政府機関の依頼で
原子力関連の仕事に関わるようになってからは、
なおさらだ。
安全、という言葉ほど
雑に使われるものはない。
安全は、設計するものだ。
婚約破棄?
ああ、あった。
相手は商社の人。
「花子はさ、
正論すぎるんだよ」
そう言われた。
悪口ではなかったと思う。
彼なりの、
精一杯の説明。
私は泣かなかった。
ただ、
思っただけだ。
仕様が合わない。
それだけ。
だから私は、
人に「分かってほしい」と
期待しない。
その代わり、
要件を伝える。
そして彼が来た。
最初に言ったのは、
これだ。
「専門用語、使うよ」
「はい」
「感情より
正確さ優先」
「承知しました」
迷いがない。
言外を読まない。
勝手に期待しない。
楽だった。
彼は、
私を慰めない。
過去を掘らない。
女として
評価しない。
ただ、
命令に従う。
定義に従う。
それでいて、
仕事は正確。
「あなたさ」
ある日、
私は聞いた。
「前の契約者、
大変だった?」
「いえ」
即答。
「向いていない環境でしたが、
最善は尽くしました」
私は、
少しだけ笑った。
「それ、
仕事として
完璧だね」
「ありがとうございます」
感謝が、
正確に返ってくる。
過剰でも、
不足でもない。
私は思う。
もしあの婚約者が、
「分かってほしい」を
要求しなければ。
もし私が、
「察してほしい」を
覚えてしまっていたら。
たぶん、
今ここにはいない。
彼は、
溺愛しない。
私も、
溺愛させない。
その代わり。
私は今日も、
安心して
専門用語を投げられる。
命令できる。
怒れる。
それは、
私にとって
とても静かな幸福だ。
夜、
資料を閉じて言う。
「今日は
ここまで」
「承知しました」
彼は立ち去る。
後ろ姿は、
きれいだ。
私は、
思わない。
この人に
愛されたい、とは。
ただ思う。
仕様が合う。
それで、
充分だ。




