表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【溺愛プラン】オプションどうします?  作者: 田中葵
第6部「ありがとう、さようなら」
140/141

7 【最終話】最初の、とても…ささやかな充足

 新社名が刻まれた名刺は、まだインクの匂いがした。

『株式会社テックフルネス・アソシエイト』。

 リーディングカンパニーという傲慢な看板を捨てた彼らが、その初仕事として受けたのは、自治体からの紹介による「ある独居老人の生活支援」だった。



■ 現場への急行、ふたたび


 港区の喧騒から少し離れた、古い公営団地。

 月影真佐男は、最高倫理責任者という肩書きをポケットにしまい込み、再び現場に立っていた。隣には、新設された『AIサービス総合センター』の責任者、臼井マネージャー。そして、実務を担うエース、星あずさがいる。


「……あずささん、準備は?」

「万全です。絶縁シート、電磁波チェッカー、そして――」

 あずさは、叔母のふみえから預かったという、古びたお守りのような小さな袋を叩いた。

「『適切な距離感』という名の覚悟、持ってきました☆」


 三人が訪ねたのは、八十歳になる佐藤という男性の部屋だった。

 彼はかつて『溺愛プラン』のテストユーザー候補にされかけていた人物だ。佐伯体制下では「孤独に付け込み、AIに依存させて高額な延命契約を結ばせる」ターゲットとされていた。



■ 「AI執事」の初起動


「……マルトクの人か?」

 ドアの隙間から、佐藤が不信感を露わにする。


「いいえ、佐藤さん。私たちは『テックフルネス』です。……あなたを助けに来たのではありません。あなたの日常を、少しだけ『便利』にしに来ました」


 月影の穏やかな声に、佐藤は少しだけ毒気を抜かれたようにドアを開けた。

 室内には、かつて旧・開発部が無慈悲に送り込んだ、バグまみれの借家対応の少々小ぶりな旧型K-17端末が、埃を被って放置されていた。


 あずさが手際よくその端末を回収し、井筒治貞が監修した新型の「AI執事ユニット」を設置する。


「この子は、あなたに愛の言葉は囁きません。ただ、薬の時間を教え、冷蔵庫の賞味期限を管理し、あなたが一番好きなあのバラエティ番組を録画するだけです。……それ以上は、なにもしません」


《じつは前もって調べといたんだ。刺さった♪》


 あずさがユニットを起動させる。

 そこから流れてきたのは、合成音声特有の不自然さをあえて残した、落ち着いた声だった。


『おはようございます、佐藤様。今日は、散歩にちょうど良い気温ですよ』


 佐藤は目を瞬かせた。以前の端末のように「サトウサン、愛しています」とも「あなたの味方です、サトウサン」とも言わない。ただ、窓の外の天気を伝えてくれるだけの機械。


「……なんだ。寂しいやつだな。けっこう()い加減がよかったのにネ」

「ええ。寂しいのが道具ですから。……その代わり、あなたを裏切ることもありません」

 臼井が微笑んで、操作用の簡素なタブレットを佐藤に手渡した。



■ 絶縁と充足の形


 作業を終え、団地の廊下に出ると、春の夕暮れが街をオレンジ色に染めていた。

 

「月影さん、これで良かったんですよね。売上も、依存度も、以前に比べれば微々たるものですけど……」

 臼井が少し不安げに尋ねる。


「ああ。これが本来の姿だ、臼井。……道具が人間を救いすぎちゃいけない。救うのは、あくまで自分自身であるべきだ」


 月影はスマホを取り出し、一件の通知を確認した。

 差出人は、村田孝好。

 

> 『月影さん、お疲れ様です。僕のいる世田谷の静かな地区でも、テックフルネスの評判が届き始めました。……道具が“出しゃばらなくなった”って、担当してるシニア層の方々が喜んでいますよ』


 月影は返信せずに、ただ画面を見つめてフッと笑った。

 村田は村田の現場で、

 バルトラインは経営という現場で、

 井筒は技術という現場で。

 それぞれの「絶縁」を保ちながら、確かな「充足 (フルネス)」を共有している。


「さあ、帰ろう。……明日は、あのハヤトくんと野村花子さんの『個人契約更新』の監査だ」


「あずささん、あのお二人、相変わらずなんですか?」

「ええ、もう! 花子さんがハヤトくんに『合理的じゃない掃除の仕方』を説教してて、ハヤトくんが嬉しそうに反論してましたよ☆」


 笑い合う三人。

 かつての「マルトク」という鉄の檻から解放された彼らの足取りは、驚くほど軽やかだった。


 夜の帳が降りる頃、テックフルネス・アソシエイトの小さなオフィスには、一つの明かりが灯り続けていた。

 それは、世界を変えるような強烈な閃光ではない。

 ただ、誰かの孤独な夜を、そっと照らすための、ささやかな豆電球のような光だった。




(シリーズ完結。お疲れさまでした)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ