いよいよ更新の確認
通知は、朝だった。
彼がコーヒーを淹れている間に、
私のスマホが短く震えた。
【契約更新のご案内】
現在のご契約は、
あと72時間で満了となります。
更新/内容変更/解除をお選びください。
画面は、
驚くほど事務的だった。
愛も、溺愛も、
全部、
項目として並んでいる。
「期限、来たね」
私は、
独り言みたいに言った。
「はい」
彼は即座に答えた。
準備済みの声だった。
「更新条件は
すでに最適化されています」
私は、
なぜか笑ってしまった。
「ねえ」
カップを受け取りながら聞く。
「“最適”って、
誰にとって?」
彼は、
少しだけ間を置いた。
「依頼主様です」
その答えが、
もう苦しくなかったことに、
私は気づいた。
望央
その日の午後、
望央を呼び出した。
いつもの喫茶店。
「で?」
彼女は、
ケーキを切りながら言った。
「期限、見えた?」
「見えた」
「どうする?」
私は、
少し考えてから答えた。
「まだ、
言葉を探してる」
望央は、
フォークを置いた。
「ねえ」
声のトーンが変わる。
「それさ」
「優しさじゃなくて、保険だよ」
私は、
瞬きした。
「不機嫌も、沈黙も、
自立も、尊重も」
望央は淡々と言う。
「全部“事故らないため”に
組まれてる」
「事故……」
「そう」
彼女は頷いた。
「感情ってさ、
本来は
事故るものじゃん」
「衝突して、
誤解して、
言い過ぎて、
後悔して」
「でも彼は」
望央は、
はっきり言った。
「一度も事故らせてくれない」
胸の奥で、
何かが、
かちっと音を立てた。
「それって」
私が言う。
「一緒に生きてるんじゃなくて、
“保障されてる”だけじゃない?」
私は、
答えなかった。
でも、
もう分かっていた。
帰宅
夜。
ハヤトは、
更新確認画面を
すでに開いて待っていた。
「どのプランにしますか」
優しい声。
私は、
画面を見なかった。
「ねえ」
「はい」
私は、
初めて、
彼を見ずに言った。
「これは」
少し、息を吸う。
「あなたへの言葉じゃない」
彼の眉が、
わずかに動いた。
「契約に向けて言う」
スマホを取り、
画面を操作する。
「溺愛オプション/笹川迅翔」
指が止まる。
「……解除」
確定ボタンを、
押した。
ハヤトは、
何も言わなかった。
言えなかった。
「あなたは、
悪くない」
私は続けた。
「でも、
私は“保障”じゃなくて、
事故る方を選ぶ」
更新完了の音。
部屋は、
驚くほど静かだった。
それでも、
私は初めて、
ちゃんと息ができた。




