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農家の異世界奮闘記~理の目と鍬一本で、国を救い、神に挑む~  作者: 今無ヅイ
穢れ火戦争編

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帝都西方街道 揺れる荷馬車と遠い山影

 ガコン、と車輪が石を踏んだ衝撃で、尻がもう一度、いい感じに痛い。


「……六輪式の大容量輸送テストとか言ってましたよね、工部尚書殿」


 思わず恨み言が口をついた。


 俺を乗せた四輪、その前後を行く六輪の荷馬車は、帝国が威信をかけて開発中の“次世代輸送車両”だそうだ。


街道の摩耗を抑えつつ、一挙に従来の倍の物資を運ぶ。理屈はわかるが、おかげでこっちは止まるたびに、試験運用の点検待ちに付き合わされている。


「街道が整備されてるうちに、不具合を出し切りたいんでしょうけど……」


 荷台を長くして、車輪を二対から三対に増やした大型荷馬車。

 前から見れば四頭立て、後ろから見れば木の箱が延々と続く化け物だ。


 その化け物が、街道を埋め尽くしていた。


 先頭には近衛の騎兵。

 その少し後ろに、クローディアとリベラゴールの姿がある。


 二人とも騎馬隊の列にいて、馬を並べて何やら話し込んでいた。


 リベラゴールは普段、山道を自分の脚で駆け回るタイプらしいが、さすが護衛の戦士長。

騎乗姿も板についている。

 月兎族特有の長耳が、風に揺れていた。



 街道は帝都を出てベイリア平野に入りかけたところだ。


 帝都城壁が遠く霞み、麦畑と放牧地が途切れ途切れに続く。

 この先に本格的な平野、その向こうにグライフェンタール領の丘陵と山の裾野が待っている。


 その全部を、俺たちの車列がゆっくりと進んでいた。


 四輪の荷馬車には、人。


 イースタシアの治癒術師と薬草医たち。

 帝国の医務官。

 農政改善室の学者たち。


 六輪の荷馬車には、荷物。


 木材の梁と板。

 布と縄。

 簡易バラック用の鉄釘。

 鍬、スコップ、鎌、樽。

 芋と豆と干し肉。

 そして、帝都工部尚書付きの技術者たちが大事そうに抱える、簡易上下水の部材。


 帝国の街道を、戦車ではなく“避難所一式”が行軍しているようなものだ。


「ツチダ殿、酔っておられませんか?」


 向かいの座席から、内務尚書から出向の若い官吏が心配そうに覗き込んでくる。


「大丈夫です。

 尻が痛いだけで、頭は冴えてますから」


「それはそれで問題な気もしますが……」


 彼は苦笑し、また帳面に視線を落とした。


 荷馬車の中には、簡易の机代わりに木箱がひとつ。

 そのうえに、避難民数の推計や必要資材の一覧が広げられている。


 日鴉族 既収容:1000人以上

 山中推定:1000〜3000?

 仮設住居 一棟あたり:家族4〜5人想定

 必要棟数:最低300~500……


 紙の上の数字だけで、もう胃が重くなる。


「――前方、六輪、点検停止入りまーす!」


 外で御者の怒鳴り声がした。

 続いて、ギギギ、と金属と木が悲鳴を上げるような音がして、ゆっくりと車列が止まる。


「またか」


 思わず呟くと、隣に座っていた農政改善室の学者が、申し訳なさそうに帳面を閉じた。


「すみません、ツチダ殿。

あの新型、直進の安定性は抜群なのですが……

カーブを曲がるたびに、車軸に想定以上の負荷がかかるようで、一定距離ごとにグリスの差し込みが必要なのです」


「まあ、試作品ってのは、そういうもんですよね……」


 帝国の物流改革への熱意は本物だ。

 車輪を増やして一輪あたりの接地圧を下げ、石畳を砕かないように配慮しつつ、従来の倍の物資を一度に運ぶ。


 その理論を証明するために、今俺は尻を犠牲にして「実証データ」を積み重ねているわけだ。


 問題は、目的地に着くまでに六輪車の車軸が悲鳴を上げるのが先か、俺の尻の我慢が限界を迎えるのが先か、ということだった。


 窓から顔を出すと、前方でクローディアが馬を止めてこちらを振り返っていた。


「ツチダ!」


「はーい!」


 手を振ると、彼女は馬を寄せてきた。


「六輪の前の道に、荷崩れした荷馬車があるそうですわ。

 先に人だけ通して、荷は少し迂回路を取らせると」


「了解です。

 医療団を先に行かせましょう」


 リベラゴールが、クローディアの向こう側から顔を出した。


「山の入口まで先行して、道の状況を確認しておく。

現地の案内も合わせて、このわがままな六輪馬車が危険な箇所を洗い出しておこう」


「頼りにしてます」


 リベラゴールは、意地悪そうな笑みを浮かべる。


「その代わり、飯には期待してる。

 日鴉も月兎も、空腹だと機嫌悪くなるから」


「ええもう、そこは全力でがんばります」


 そのやり取りを見ていた内務官が、苦笑まじりに呟いた。


「戦に向かう、という雰囲気ではありませんね」


「戦場“にも”向かってますけど、

 俺たちの主戦場は避難所と畑と台所ですから」


 列がゆっくりと再び動き出す。


 荷馬車の揺れに合わせて、頭の中で段取りを並べる。


 グライフェンタール領の砦周辺――

 あの仮の避難所を、どうするか。


 水場の確保。

 仮設便所の配置。

 泥濘化対策。

 炊き出し場の位置。

 子どもと負傷者のテント。

 日鴉族の翼を考えた寝床。


(山から降りてきて、いきなり“普通の地べた”で寝ろってのは、たぶんキツいよな)


 そんなことまで、ひとつひとつ考えなきゃいけない。


「ツチダ殿」


 向かいの学者が、資料を一枚差し出してきた。


「グライフェンタール領から帝都に上がってきた報告です。

 すでに避難民は千を超え、今日明日でさらに増える見込みと」


「……うーん、数えても、胃が痛くなるだけなんですけど」


「ですが、数えなければ、準備もできません」


「はいはい、分かってますって」


 苦笑しながらも、紙を受け取る。

 窓の外、遠くに山の影が見え始めた。


 グライフェンタール領の山々――サルヴァの牙の東側斜面。


 その向こうで、神聖国の浄化師団が火を放ち、

 日鴉族の集落を焼いている。


 東の海では、瘴気が人を襲っていた。

 西の山では、人が人を焼いている。


「ツチダ」


 クローディアが、馬上から少し声を落として呼びかけた。


「怖くなりました?」


「いや」


 正直に答える。


「怖いまでは、まだいってないです。

 ただ――」


「ただ?」


「仕事がまた増えたなって」


 クローディアは、呆れたように笑った。


「あなたは本当に、

 “怖さ”より先に“仕事量”を数えるの、やめませんこと?」


「怖さは、あとから勝手に来ますからね。

 仕事のほうが先に数えとかないと、マジで死ぬの俺たちですし」


「そうですわね」


 彼女は空を仰いで、息を吐いた。


「なら――いま、怖がっている人たちの分まで、わたくしたちが先に数えましょう。

 寝床の数。薬の数。鍋の数。……明日の数を」


「……いい言い方ですね」


「避難民が、怖くて動けない夜でも。

 “ここなら眠れる”と思える場所だけは、用意しておきたいですから」


 クローディアは手綱を握り直し、前を向いた。


「だから、淡々と仕事を数えます。

 心配してる暇があるなら、心配の種を減らす――そのために」


「賛成です」


 馬車は、きしみながら西へ進む。


 六輪の荷馬車が土煙を上げ、四輪の馬車が人を揺らし、

 騎馬隊と月兎の治癒隊がその脇を固める。


 帝都からグライフェンタール領へ続く街道は、

 この日、兵ではなく“理と飯と静寂”を運ぶ道になっていた。

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