表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の異世界奮闘記~理の目と鍬一本で、国を救い、神に挑む~  作者: 今無ヅイ
穢れ火戦争編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/125

西からの急報

 湾と谷の調査を終えて、俺たちは月の都へ戻ってきた。


 白い回廊、静かな水路、薄い霧。

 前に来たときと同じ景色のはずなのに、頭の中は赤い海と黒いヘドロでいっぱいだった。


 ◇◇◇


 謁見の間。

 玉座に座るルナリア女王を前に、俺とクローディア、リベラゴール、それから学者たちが膝をついた。


「では、東の海と田の“病”について――」


 俺は深く一礼し、これまでの調査と対策案を一通り説明した。


 赤潮の正体。

 養殖と肥料の増えすぎ。

 湖底ヘドロと魔素の停滞。

 稲に出た病斑と、虫の異常発生。

 そして短期と長期に分けた対策――湿地、養殖、肥料の記録、田の“防波堤”の作り方。


「結論だけ言うと、です」


 最後に俺は、言葉を整えて女王へ向けた。


「田畑も海も、“どうにかなりそう”です。時間はかかりますけど。

 瘴気そのものを祓うのは難しい。でも、瘴気が居座りたくなる場所は減らせる。居心地を悪くできる」


 女王の金の瞳が、静かにこちらを見た。


「そして――」


 俺は続けた。


「その間の飢えを埋めるために、帝国へ支援を正式に要請したい。穀物と豆、それから種。

 俺も書簡を整えます。イースタシアの側が“防波堤の理”を取るなら、帝国にも“責任の分担”をお願いする形で」


 女王はしばらく黙ってから、ゆっくり頷いた。


「……よく見て、よく聞き、よく考えてくれました」


 静かな声だった。


「瘴気そのものは、あなたひとりの術ではどうにもならない。

 けれど、瘴気が居座りたくなる場所を、ひとつずつ減らしていける。――その理を、イースタシアは受け入れましょう」


 胸の奥が、少しだけ軽くなる。

 東の海と田に関しては、ようやく“スタートライン”に立てた感覚だった。


 ――だが。


「……さて」


 女王が、そこでわずかに声色を変えた。


「ツチダ殿、クローディア殿。東の件とは別に、もうひとつ話さねばならないことがあります」


 嫌な予感が、背筋を撫でた。


 女王が軽く手を上げると、侍女が銀盆に載せた一通の書簡を運んでくる。

 見覚えのある封蝋。帝国皇室の紋章――双頭の鷲。


 クローディアの指先が、ほんのわずか震えた。


「兄様から……?」


「そう。アーネンエルベ帝国皇帝ディートリッヒ陛下と、宰相リヒャルト殿連名の書状です」


 女王は封を切り、中身を一瞥してから、ゆっくりと読み上げた。


「――“西方山岳地帯において、神聖黄金国アウルム・サンクタの浄化師団が、日鴉族の集落を襲撃。多数の死者が出ており、生存者は我が帝国西辺境伯グライフェンタールの保護下にある”」


 心臓が、どくん、と大きく跳ねた。


 クローディアが思わず一歩前に出る。


「日鴉族の……虐殺?」


 女王は淡々と続きを読む。


「“現在、避難民は千名を超え、幼子、老人、負傷者多し。

 帝国は保護と一時収容を決定したが、瘴気の年における負傷者・避難民への医療体制に不安があるため――”」


 そこで一度言葉を切り、女王は俺たちを見た。


「“イースタシア月王国に対し、治癒術師と薬草医の派遣、ならびに薬草と薬酒の提供を願う”」


 頭の中で、東の赤い海と、湖のヘドロと、

 そして“日鴉族”という単語がぐちゃぐちゃに混ざる。


 リベラゴールが、低く呟いた。


「西の山に、火がついたか」


 クローディアの声は、震えを飲み込んでいた。


「……兄様は、私たちには何も告げずに?」


「あなた方が東の調査に出発されたあとで届きました」


 女王は静かに答える。


「書状には、こうもあります」


 もう一枚の小さな紙を取り上げる。


「“東の瘴気対策にあたるツチダ・コウヘイおよびクローディア・フォン・アーネンエルベには、現時点では通報無用。

 東の仕事を終えてから知らせること。

 西の件は、帝国と辺境伯にて当面責任を持って対処する”」


 ディートリヒとリヒャルトの顔が、脳裏に浮かんだ。


(……うん。絶対こういう回し方する)


 ありがたい。

 けど、悔しい。

 その両方が一度に来る。


 女王は書状を閉じた。


「ですが、今ここで東の報告を終えた以上――あなた方に隠しておく理由も、もうありません」


 金の瞳が、まっすぐに俺たちを捉える。


「帝国からの要請は、医療支援です。治癒術師と薬草医、薬草と薬酒。

 傷ついた体と、そして心を少しでも守るために」


 少しだけ沈黙が落ちる。

 その沈黙を、俺が切った。


「――提案があります、女王陛下」


 自分の立場を、言葉で先に固定する。


「俺は帝国の人間です。だから、帝国側の事情も正直に言います。

 西では避難民が増え、医療が足りない。今すぐ人手が要る」


「でも、イースタシアだって余裕があるわけじゃない。瘴気の年です。

 だから“善意だけ”で回すと、どこかが先に折れます」


 俺は一度息を吐き、はっきり言った。


「イースタシアは、帝国の要請に応じて治癒術師団と薬師団を派遣する。

 そのうえで、同時に――帝国へ“穀物と豆の支援”を正式に要請する形にしませんか」


 女王が、目を細める。


「医療と食糧。互いの不足を、互いの強みで埋める、と」


「はい。

 東の田と海は立て直せる。でも時間がかかる。

 その間に腹が減れば、防波堤も湿地も続かない。だから、帝国からの飯が必要です」


 リベラゴールが静かに言う。


「護衛も要る。術者は刃の陰で働くことになる」


「ええ。戦士団も出しましょう」


 女王は迷いなく言った。


「治癒術師団、薬師団、そして護衛としての月兎の戦士団。

 帝国の要請に応えましょう。

 同時に帝国へは、食糧支援を正式に願う――筋は通ります」


 クローディアが、息を整えるように胸に手を当てた。


「兄様に、伝えねば……」


 女王は頷く。


「こちらからも正式書簡として送ります。感情ではなく、理として。

 帝国が“医療”を求め、月の国が“食糧”を求める。互いの不足を、互いの余剰で埋める。

 盟約として、最も綺麗な形です」


 俺は、無意識に拳を握っていた。


 日鴉族――まだ直接会ったことはない。

 けれど帝国の報告書の片隅で、その名前は何度か見た。


 山と崖を駆け、翼を持ち、

 神聖国にずっと虐げられてきた民。


(その人たちが、今、殺されてる)


 東の海で瘴気にやられた魚や田を見たときとは、違う種類の痛みが胸に刺さる。


 女王が、静かに俺の名を呼んだ。


「ツチダ殿」


「はい」


「あなたにも、書簡の一節を書いてほしい」


「俺に?」


「帝国の医務院や宰相は、“理の言葉”を読むのが好きでしょう?」


 少しだけ、いたずらっぽい笑み。


「瘴気の田や湖で見た“傷の治りにくさ”。

 泥と瘴気が傷口に入ったときの危険。

 その注意を、“医療者の目線”で書いてほしいの」


「……分かりました。今分かっている範囲で、ちゃんとまとめます」


「お願い」


 クローディアが、ふと俺を見る。


「ツチダ。東の仕事を投げ出すつもりは――」


「投げ出さない。でも、止まりもしない」


 俺は即答した。


「東は、仕組みを回す段階に入れました。役人と学者と術者が動ける。

 俺がずっと居座るより、“必要なところへ動く”ほうが、きっと無駄がない」


 それから、少しだけ言葉を柔らかくする。


「西へ行きます。

 東は紙と指示で追いかける。……両方、やります」


 クローディアは一瞬だけ目を丸くして、すぐに頷いた。


「そういう人だと分かっていましたわ」


 女王が、穏やかに言葉を結ぶ。


「東の海と田。西の山と空。どちらも、ミアズマのただなかにある」


 窓の外の薄い月に目をやった。


「けれど、風はいつか必ず変わる。

 負の想いが風に乗って溜まるなら――理と静寂と、少しの優しさも、風に乗せて流せばいい」


 胸の奥で、何かがすとんと落ち着いた。


(よし。やる)


 女王が侍女へ目配せする。


「準備を。夜明け前に出立できるように。

 リベラゴール、隊の編成を」


「承知」


 リベラゴールの長耳が、ぴんと立つ。

 クローディアが小さく囁いた。


「帰ったら兄様に言っておきますわ。“東も西も、ツチダの仕事を増やしておきました”って」


「……サービス残業は断固として拒否します」


 クローディアは一拍置いて、きれいに眉を上げる。


「……その“さぁびす残業”というのは、施しの類ですの?」


「施しっていうか、給金の出ない追加労働です。善意でやらされるやつ」


 説明しながら、俺は自分で自分の首を絞めてる気がした。

 クローディアは口元に手を添え、楽しそうに笑う。


「ふふ。では“無給の献身労働”。帝国の官吏が聞けば、倒れますわ」


「倒れる前に手を動かしてほしい」


「口ではそう言いながら、どうせやるでしょう?」


 図星だったから、何も言い返せなかった。


 ただ、分かっている。


 次に俺たちが向かうのは――

 赤い海ではなく、燃える山だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ