表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の異世界奮闘記~理の目と鍬一本で、国を救い、神に挑む~  作者: 今無ヅイ
月の国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/121

赤い海の聞き取り調査

 赤潮の湾をひと通り見て回ったあと、俺たちは小さな入り江の集落に入った。


 波止場には、木で組んだ筏みたいなものがいくつも浮かんでいて、


 そのあいだから、銀色の魚の背がちらちら見える。


「あれは……養魚場、ですか?」


 俺がつぶやくと、そばにいたリベラゴールが頷いた。


「ここ東端の村は、昔から海魚の養い《やしない》をしている。

 湾が穏やかで、外海の荒波を避けられるからな」


 筏の一つに近づくと、恰幅のいい漁師がこちらに気づいて頭を下げた。


「女王陛下のお客人だそうで。

 港長のサルギスと申します」


「帝国から来ました、ツチダです。

 この筏の下、魚は何匹くらい入ってます?」


「今年は多めに入れましてな。

 一筏につき、そうですな……二千――いや、三千はいきましょうか」


「三千……」


 俺は思わず海を見下ろした。


 狭い湾の中に、似たような筏が十基以上。


 ざっと見積もっても、数万匹単位の魚が、この湾の中だけで飼われている計算になる。


「昔からそんなにたくさん?」


「いえ、ここ十年ほどで、少しずつ増やしてきました。

 特にここ数年は帝国と、南のヴェラとの交易が増えましてな」


 なるほど。悪い話じゃない。


 むしろ、理にかなった発展だ。


 ただ――それが“海の胃袋”の容量を超えてしまっていたら。


「餌は?」


「沖で獲れた小魚や貝を潰して与えております。

 足りないときは、ヴェラから来る粉餌も混ぜますな。

 楽ですし、よく太る」


「食べ残しは?」


「……まあ、出ますな」


 サルギスは、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「網の下に、餌と糞が落ちる。

 潮が良い年は流れていくが、ここ最近は、底が少し黒くなってきた気もします」


(養殖場の増加+湾内の水の停滞=栄養の溜まり場。

 さっきの赤潮の“ご飯”になってるのは、これもデカいな)


 そこへ、イースタシアの役人らしい男が近づいてきた。


「ツチダ殿。

 湾奥の畑もご覧になりますか」


「もちろん」



 港から少し歩くと、海を見下ろす斜面に畑が広がっていた。


 大麦と豆の畑。

 谷川が細い水路となって、その間を縫うように流れている。


 畑の隅には、見覚えのある包みが積まれていた。


 麻袋に押された、ヴェラの商人組合の刻印。

 その横には、木の樽がいくつも。


「これは?」


「ヴェラ王国から来た肥やしです。

 ツチダ殿の国で作られた、“濃い肥料”だと」


 役人が答える。


「数年前から入り始めましてな。

 これを使うと、大麦も豆も、いつもの年よりよく育つと評判です」


 麻袋の中身を少し指ですくう。


 乾燥させた家畜の糞に、骨粉や灰を混ぜたような匂い。

 帝国でも普及し始めている“高濃度堆肥”だ。


「使い方を教えたのは?」


「隊商の者が、“たくさん入れれば、それだけよく育つ”と」


 ああ……やりがちだ、商人。


「雨の前に畑一面に撒いて、水路伝いに流れ込んだ肥やしが、海に流れ込んでいる、と?」


 役人の言葉に、俺は頷いた。


「養殖場で魚にやった餌の残りと、畑で余らせた肥料。

 どっちも“栄養の塊”ですから。

 それが、湾の中に入りっぱなしで出て行かない」


 湖で見た図と、東の海の赤さが、頭の中で一本の線になった。


(肥料と養殖。

 帝国でも同じようなこと、やらかしてる地域があったな……)


 ため息をひとつ。


「原因の候補は、ほぼ見えました。

 あとは、どうやって“止血”するか、ですね」


◇◇◇


 その日の夕刻。


 湾を見下ろす祠の前に、村の代表と港長、イースタシアの役人たちが集まっていた。


 クローディアとリベラゴールは、少し離れた岩に腰掛け、海を見ながら話を聞いている。


「では、改めて整理します」


 俺は足元の砂に、棒でざっと図を描いた。


 山から川。

 途中に畑。

 それが湾に流れ込み、湾の奥に養殖筏。


「この赤潮の原因は、大きく見て三つです」


 指で、一つずつ突きながら言う。


「ひとつ。

 山と畑から流れ込む“濃い肥料”が増えたこと」


「ふたつ。

 養殖場――魚の家が増えすぎて、餌と糞が底に溜まっていること」


「みっつ。

 湾そのものが“袋小路”で、魔素も水も、いったん入ると出ていきにくいこと」


 村長が、皺だらけの額を押さえた。


「つまり……我らが豊かになろうとしたことが、海を苦しめていると」


「豊かになろうとしたこと自体は、悪くないです。

 問題は、“海の器の大きさ”を見ないまま、どんどん入れちゃったことですね」


 クローディアが、そこで口を挟む。


「湖も海も、“器に対して中身が多すぎる”話が続きますわね」


「この世界、容量ギリギリまで頑張る癖があるんですよ、たぶん」


 軽口で返しつつ、棒を持ち直す。


「対策は、短い目と長い目、二つに分けたほうがいいです」


「短い目と、長い目?」


 リベラゴールが首をかしげる。


「はい。

 短期の対策――“今すぐ、これ以上ひどくしないための止血”」


「長期の対策――“数季、数年かけて、海と川の体質そのものを変えていく治療”」


 俺は砂の上に、線を二本引いた。


「まず、短期から」


■ 短期:今すぐやる“止血”策


「一つ目。

 養殖場の“食べ放題”を、いったん止めます」


 港長のサルギスが、びくっと肩を揺らした。


「止める……とは?」


「魚の数を、今の半分くらいまで落とす。

 餌も、“食べ残しが見える分”だけ削る」


「で、ですが、それでは来季の出荷が……」


「魚を育てる前に、海を殺したら、そもそも全部出荷できなくなります」


 俺は真剣な目で港長を見る。


「今はもう、“儲けをどうするか”じゃなくて、“海を延命するかどうか”の段階です。

 このままいけば、二年か三年で、この湾まるごと死にますよ」


 サルギスは唇を噛み、拳を握り締めた。


 横から、村長が静かに言う。


「サルギス。

 若い頃、お前はよう言っておったな。

海が先か、家が先か、と」


「覚えておいででしたか」


「忘れるわけがない。

 海が先だ。

 それは今も変わらぬ」


 短いやりとりのあと、港長は深く頭を垂れた。


「……分かりました。

 ここにいる学者殿と相談しながら、量を決めましょう」


「ありがとうございます。

 “半分”という数字は、後で吟味しましょう。

 魚の成長具合と、海の様子を見ながら」


 俺は次の線を指した。


「二つ目。

 帝国から来た濃い肥料――これは、“霧灰季の残りと、解氷季の初め”には使わないようにします」


 役人が目を瞬く。


「その時期は、畑の播種が……」


「だからこそです。

 田畑に撒いてすぐ大雨が来ると、肥料がそのまま川に流れていく。

 植物が食べる前に、赤潮の餌になる」


 サルギスが苦笑した。


「魚も、畑も、食い意地が張りすぎているようですな」


「肥料を使うなら、雨の日を避けて、土にしっかり混ぜる。

 もしくは、もう少し山側の畑に限る。

 湾に直接流れ込む谷筋の畑は、今季は“薄い肥やし”だけにするとか」


 役人は真剣な顔で頷き、メモを取り始めた。


「三つ目。

 赤潮が出ている間は、“湾の中で獲れた貝と魚”を人間は食べないこと」


 村人たちがざわつく。


「毒を持っている可能性が高いです。

 出荷も禁止。

 これは女王陛下のお名前でお触れを出してもらったほうがいいでしょう」


 リベラゴールが、顔を引き締めて頷いた。


「すでに、この湾の魚を食べて体調を崩した者が出ている。

 禁令は、女王の名で出そう」


「短期でやれるのは、この三つが柱です。

 “これ以上悪くしない”“人を守る”。

 それが当面の目標」


■ 長期:海と川の“体質改善”


「で、こっちが長期」


 俺は、さっきまでの図を少し広げるように描き足した。


「川の途中に、“湿地”を作る。

 藻や草や泥が、いったん川の養分を受け止める場所」


 村長が首をかしげる。


「湿地とは、沼のような場所を、わざわざ増やすということか?」


「“わざわざ増やした沼”は、ちゃんと働いてくれます。

 川から流れてきた肥料や泥を、そこにいったん溜める。

 藻と微生物に食わせて、海に行く前に“分けてもらう”んです」


 イースタシアの術者が興味深そうに身を乗り出す。


「つまり、瘴気と魔素が流れ込む前に、

 普通の魔素と栄養を湿地で循環させる、と」


「そうです。

 湿地の藻や草は、あとで刈り取って、堆肥にして畑に戻せます。

 “海に行くはずだった養分”を、畑に戻すことになる」


 前世で言うところの「バッファーゾーン+刈り取り利用」。

 ここでも理屈は変わらない。


「養殖場のほうも、長期でやることがあります」


 俺は湾内の筏を指でなぞる。


「まず、養殖筏の数と、一筏あたりの魚の数。

 “海の器”に合わせた上限を決めること」


 サルギスが、苦い顔で頷いた。


「欲をかきすぎねばよかった、という話ですな」


「欲はあっていいです。

 ただし、計算と一緒に」


 俺は笑ってみせてから、続けた。


「それから、筏の間に“藻の棚”を作る。

 海藻を育てて、魚の糞と餌の残りを食わせるんです」


「藻を、育てる……?」


 村長が目を丸くする。


「はい。

 海藻は、肥えた水を好みます。

魚の糞も、彼らにとってはご馳走です。

 藻の棚を“第二の畑”だと思って育てれば、

 魚+海藻の二毛作になる」


 サルギスの目が、少しだけ輝いた。


「それを干して売れば、また一つ品が増えるわけですな」


「ええ。

 上手く回れば、“海を掃除しながら儲かる”形になります。

 ただ、その分手間と管理は増えますが」


 クローディアが笑った。


「手間が増える話ばかりですわね、ツチダ」


「理の仕事はだいたいそうなんですよ」


 肩をすくめつつ、最後の線を引く。


「そして、畑の肥料。

 帝国の濃い肥料は、

 “どの畑に、どれくらい撒いたか”を記録する仕組みを作ってください」


 役人が目を丸くする。


「記録……?」


「はい。

 “赤潮がひどい年に、どの谷筋でどれだけ濃い肥料を使っていたか”が分かれば、

 原因の濃い場所を絞り込めます。

 逆に、“薄くしても収量がそんなに変わらなかった畑”も分かる」


 クローディアが感心したように頷く。


「帝国でも、内乱後の税制で似たことをしておりますわね。

 記録を取ることで、無駄と偏りを見つける」


「そうです。

 “なんとなく”やっていた肥料と養殖を、

 “数字と記録”で見えるようにしていく。

 それが長期対策の土台です」


 


 ひと通り説明を終えたところで、リベラゴールが口を開いた。


「短期の止血と、長期の治療。

 どちらも、楽な道ではないな」


「楽だったら、たぶん俺の出番じゃないです」


 俺が苦笑すると、クローディアが横から肩を小突いてきた。


「でも、やるのでしょう?」


「やります」


 即答だった。


「この海の魚も、

 この村の飯も、

 月見握りも――」


 あの、涙が出そうになるほど美味かったおにぎりが、脳内で再生される。


「全部まとめて、“俺の仕事の範囲”です」


 村人たちが、ぽかんとしたあと、くすくすと笑った。


 村長は、杖を支えに立ち上がる。


「女王陛下のお客人。

 あなたの理と汗に、我らも手を貸そう」


 サルギスも、がしっと拳を握る。


「海を殺した漁師と呼ばれたくはありませんでな。

 “海と共に生きる漁師”でありたい」


 リベラゴールが、静かに頷いた。


「では、東の海の瘴気は――

 理と汗と少しの欲で、整えていくとしよう」


「欲は減らさないんですね」


「欲がなければ、飯も酒も薄くなる」


 彼女の理屈は、妙に説得力があった。


 赤い湾の向こう、

 太陽が山の縁に沈みかけていた。


 赤潮は、すぐには消えない。

 でも、その根っこに向けて、ようやく一本目の杭を打てた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ