裁きの終わり、終戦と新しい畑
その直後のアルベルスベルクは、同じ法廷で喚いていた。
「私は騙されたのだ!クロプシュトック公が、偽りの遺言を――!
そもそも陛下のご即位こそが疑わしい!門閥の血統を軽んじた結果が――!」
木槌が何度も机を打つ。
「被告、発言を簡潔に」
「簡潔も何もあるものか!私は忠義ゆえに軍を率いたのだ!
ベイリアでも、民兵どもが勝手に降伏し――!」
ツチダは傍聴席の端で、思わず目をそらした。
グライフェンタールの静かな陳述の直後だけに、余計に耳障りに感じた。
リヒャルトが書類から目を上げる。
「マクシミリアン=エルンスト・フォン・アルベルスベルク伯爵。
ベイリアで徴募兵を盾とし、徴募兵を粛清せんと突撃し、
敗北後もなお責を語ろうとしない。ここまでで、十分だろう」
「わ、私は帝国史上比類なき血統の貴族なのだぞ!こんな場で辱められる謂れは――」
言葉を遮ったのは、ディートリヒだった。
「貴族であることを、情状と見なすつもりはない」
皇帝の声は冷たく平らだった。
「判を下す。アルベルスベルク伯爵家の爵位・領地・財産、すべて没収。
一族のうち、反乱に加わらなかった15歳以下の女子・幼子には最低限の生活保障を与える。
だが、政治参加の権利は当面停止。
マクシミリアン本人は、身分を剥奪し、帝国北方の特別収容所へ送致
――鉱山および道路建設に従事せしめる」
ざわめきが広がった。
死刑ではない。だが、帝国人なら誰でも知っている。「北」は、生きて戻ることのほうが稀な場所だ。
「な、北だと!?こんな仕打ちが――!」
「黙秘権を行使するか?」
リヒャルトの一言に、アルベルスベルクは口をぱくぱくとさせたまま、言葉を失う。
クローディアが小さく呟く。
「……あれだけ“帝国の格式”を口にしておいて、最後まで守ろうとしたのは自分の腹と椅子だけですわね」
ツチダは肩をすくめた。
「まあ、北の石も誰かが運ばなきゃ道にならないんで……」
近衛がアルベルスベルクの両腕をとり、引き立てていく。
扇を持つ手も、冠も、もう彼には許されていない。
こうして、一人の「大貴族」は歴史の表舞台からきれいに消され、
その代わりに北の寒空の下、無名の労役者として名前を刻まれることになった。
◇
裁きがすべて終わった日、帝都の空は、妙に高かった。
帝国宮廷特別法廷の扉が閉じられ、「帝国内乱終結」の文書に帝国印璽が押される。
それは一枚の紙にすぎないが、紙一枚の上で、人の生死と領地の行き先と、国の形が決まった。
ディートリヒ新帝はその場で、改めて新体制を告げた。
ブレーメン公爵には帝国軍総司令の任。
「民を殺さずに勝て」と命じられ、その通りに戦場を歩いてきた男が、今度は帝国中の戦を束ねることになった。
シャイロック伯は、西部へ戻ることを許された。
ただし、戻った先は「少し耕地が増えた元の領地」だ。
反乱貴族から没収された周辺の荒地と小村、ツチダと降伏した民兵が耕した開墾特区が、ことごとくシャイロック領としてくっついている。
「……増やし過ぎだろう」
帝都の廊下で報せを聞いたとき、シャイロックは額を押さえた。
だが、その目の奥は笑っていた。
「まあ、土が増えるぶんには悪くない」と。
没収された大領地の大部分は、「帝国直轄領」として編入された。
ディートリヒは「貴族の椅子」よりも、「帝国の倉」を増やすことを選んだのである。
そしてそれは、ある男の仕事場が一気に増えることも意味していた。
◇
ツチダは、帝都外れの倉庫で頭を抱えていた。
机の上には、地図が広げられている。
帝国全土の地図。その上に、赤い丸がいくつも増えていた。
「えーと……ここが没収された北西の荒地で、ここがアルベルスベルクんとこの元領地で……あっ、ここも直轄か……」
丸のひとつひとつが、「ツチダ式農政導入予定地」と墨で書かれている。
クローディアが覗き込んだ。
「良かったではありませんか。帝国の畑が、まとめて“陛下のもの”になりました。
つまり、あなたの仕事場が増えたということですわね」
「いやまあ、そうなんだけどさ……」
ツチダは頬をかいた。
「仕事場が帝国中に散らばるってことは、出張先が帝国中ってことでもあるんですよね……?」
「四輪馬車の試験も兼ねて、ということで」
クローディアはさらりと言う。
「ディートリヒ兄さまも、リヒャルト兄さまも、この国全部があなたの農の理を必要としている。
内乱で増えたのは、敵ではなくあなたの守るべき畑ですわ」
そう言われれば、ツチダは何も言い返せなかった。
ベイリアの開墾特区では、避難民だった人々は、もう“農民”として畝を歩いている。
直轄地では、子どもたちが列を作り、「鍵当番」がちょっとした自慢になっている。
「内乱」だったはずのものが、終わってみれば「耕地と倉と道」を残している――
そんな国は、そう多くはないだろう。
「……ま、いっか」
ツチダは、地図の赤丸をもうひとつ増やした。
「どうせ俺は百姓だ。
百姓の仕事が増えるってことは、腹をふくらませられる相手が増えるってことだから」
彼は立ち上がり、地図を丸める。
「じゃ、行ってきます。
北の直轄地でも、西の新しい倉でも、“冬に畑が笑う”ようにしなきゃね」
クローディアは微笑んで一礼した。
「帝国の理は、畑から始まる――
そういう時代を、これから一緒に作っていきましょう」
内乱の終わりは、同時に「理の国」の始まりでもある。
剣は鞘に戻り、代わりに鍬とペンと四輪の荷車が前に出る。
ディートリヒの新体制の下で、帝国はようやく「戦わないために整える戦」の準備を、本当の意味で始めたのだった。
セリフ内の改行を導入しました。これで2章おしまい。次は少し空けます。




