表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の異世界奮闘記~理の目と鍬一本で、国を救い、神に挑む~  作者: 今無ヅイ
帝国内乱編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/120

ベイリア平野決戦ー報告ー

ベイリア平野会戦から三日後、空はやけに高かった。

焚き火の煙と、干した包帯の匂いが風に混じる。


ベイリア防衛軍本陣の大天幕。

地図台の上に広げられた戦況図の端に、一通の書類がそっと置かれた。


「ベイリア守備軍・戦闘報告書。集計、出ました」

軍務官が一礼して下がると、天幕の中には四人だけが残った。

ディートリヒ、クローディア、シャイロック、そしてツチダ。


クローディアが文書を開く。

ベイリア守備軍の印章が、まだ新しい赤で光っていた。


「――ベイリア平野会戦戦闘報告」


彼女は淡々と読み上げる。

「帝国軍。戦死三百十九名、負傷二千七百七十名……」


天幕の中に、数字が落ちた。

ツチダは少し離れた席で、指先で机をとん、とん、と叩いていた。

数字の向こうに、顔と畑と家の数が勝手に浮かぶ癖は、どうしても抜けない。


「貴族連合軍、戦死四千五百六十名、負傷一万千百八十七名」


クローディアが読み終えると、しばし沈黙が続いた。


「……見事な勝利、というべきでしょうな」

沈黙を破ったのはシャイロックだった。

粗い声だが、誇りと疲労が半分ずつ混じっている。


「数で見れば、そうだ」

ディートリヒは、報告書の端を指先で押さえたまま言った。


「だが、数字だけでは足りん。降伏・離脱した者たちは、この表には入らない」

別紙には、「降伏兵・離脱民兵多数」とだけ記されている。

詳しい人数は、ベイリア後方の開墾地から追って上がってくる手筈だった。


「それでも……」

ツチダが、ぽつりと言う。

「この数字で済んだのは、奇跡みたいなもんです。真正面から“やる気”でぶつかり合ってたら、両方とも、もっと桁が増えてた」


ディートリヒはようやく口元をゆるめた。

「そうだな。剣だけでなく、布告と芋と畑まで動員した戦だ」


「芋は、なかなか良い兵でして」

シャイロックが片眉を上げる。

「降伏した民兵に配ると、みんな少しだけ“帰りたい”顔をする。こんな戦はそれで十分です」


クローディアが次の行へ視線を落とす。

「――『敵軍盟主グナイスト・フォン・クロプシュトック伯爵、ベイリア平野より丘陵地帯へ逃亡。残余直参兵は散開、一部は武装放棄の上、投降』」


地図台の上で、彼女の指先がそこだけ僅かに止まった。

「結局、あの男は“最後まで”戦場に立たなかったわけですね」

「立つ覚悟があるなら、あの天幕はあんなに金ピカじゃなかったでしょう」

ツチダが肩をすくめると、クローディアがくつ、と笑う。


ディートリヒは報告書を閉じ、地図台の上にそっと置いた。

「ベイリアは守られた。倉も、街も、生きて帰る道も。帝国軍は、民を守りつつ勝つという、最初の試練を越えた」


天幕の外では、風に揺れる帆布の音がする。

負傷者を運ぶ担架の足音も、まだ途切れてはいない。


「……ですが、終わりではありませんわね」

クローディアが天幕の布越しに、遠くの丘を見やるように目を細めた。


「クロプシュトック伯爵は丘陵へ逃れました。そこには、かのグライフェンタール侯爵がいる。帝国にとって厄介なのは、いつだって“愚かではない敵”です」


「グライフェンタール……」


ツチダは名前を反芻し、自分の手のひらを見つめた。

マメと傷で固くなった掌。

ベイリアの後方で鍬を振るった、その同じ手で、これからまた図面と布告を書かねばならない。


「……ベイリアで守った分だけ、あっちで血を流させるわけにはいきませんね」


「そうだ」

ディートリヒの声は短く、よく通った。


「この報告書の数字を、“帝国内乱の標準”にはしない。これより先は、もっと削る。血の数字も、民の涙もだ」


クローディアは静かに頷き、シャイロックは「承知」と一言だけ返した。

ツチダは返事の代わりに、地図の横に置かれた別紙に目を落とす。


報告書の最後の行に、小さくこう記されていた。


――「なお、ベイリア後方開墾地における農地拡張、順調。避難民・降伏兵の労役は円滑に進行中。来季の収穫へ向け人手とアイスドゥビングの用意を」


ツチダはそこだけ、少しだけ嬉しそうに笑った。

どこかで耕された畑がある限り──この内乱はただの破壊では終わらせない、そういう決意の顔だ。


「とりあえず、“次の季節”の準備は間に合いそうです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ