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異世界転生農家  作者: 今無ヅイ
農家漂着編
6/46

農の理

それからの数日、ツチダは誰よりも早く畑に出ていた。

夜明け前の薄い霧が残るころ、村人たちが家を出る頃には、すでに北の畑で作業を始めている。


最初に着手したのは溝掘りだ。

石鍬で土の流れを読むように線を引き、少し掘っては足で踏み固め、水の通りを確かめる。

次に、焚き火の灰を乾かして袋に詰め、山際の落ち葉を集めて腐葉土に仕立てる。

泥は跳ね飛び、服はすぐに汚れた。それでも、ツチダの口元には自然と笑みが浮かんでいた。


「……懐かしいな。こういうの、何年ぶりだろう」


トラクターや重機を使わない耕作。

農薬も除草剤もビニールもない、ありのままの農業。


鍬を振るう角度、土を返す力加減、汗の流れ方――どれもが彼の体に染みついていた。

その動きは呼吸のようで、見守る村人たちを思わず黙らせるほどだった。


「……あれが“理”ってやつなのか?」


村の青年がぽつりと呟くと、村長が静かに頷いた。


ことわり――この世界の“法”のことじゃ。火が燃える理、水が流れる理、人が生きる理。その人の生き方が神々の道理と重なるとき、初めて“理を得る”というんじゃ」


青年は目を丸くした。

「じゃあ、ツチダ殿は……?」


村長は囲炉裏端で語るような調子で言う。


「土を見て命を感じ、耕すことで世界を整える。あれこそ――“農の理”なのかもしれん」


その言葉を聞き、ツチダは手を止めて振り返る。


「……理、ですか」


額の汗をぬぐい、少しだけ空を見上げる。


「俺はただ、放っておけないだけなんです。苦しそうな土地を見ると、何もしない方がつらい。今は……それを手助けできる“目”と“手”をもらいましたから」


掘り返した土を手のひらに乗せると、陽光を受けてきらりと光った。

その中に、淡い緑と金の粒が確かに混ざって見える。


「……本当にそうなのかもしれませんね。俺が持っているのは、“農の理”ってやつなのかも」


村人たちは言葉を失い、ただその姿を見つめた。


風が吹き抜け、畑に光の筋が走る。

枯れかけていた麦の根の間から、小さな芽が顔を出していた。


村長はその光景を見ながら呟く。


「理とは、神々だけのものではないのかもしれんな……」


ツチダは照れくさそうに笑った。


「神様がどう思うかは分かりませんけど、俺にとっての理は――“土を生かすこと”です」


その声は柔らかく、しかし不思議な強さを帯びていた。


村人たちは理解した。この異国の男は奇跡を起こす魔法使いではない。

土を愛し、命を育てる――“理そのもの”なのだと。

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